GACKT Blog


INFORMATION



GACKT New Single「UNTIL THE LAST DAY」2.22 Release!!!
GACKT自ら声優として出演しているCGアニメ映画『ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-』日本語版主題歌!

【CD】
1.UNTIL THE LAST DAY
2.未定
【DVD】
UNTIL THE LAST DAY -Music Clip-
【商品情報】
CD+DVD ¥1,890(tax in) AVCA-49497
CD only ¥1,260(tax in) AVCA-49498
☆ダブル購入特典☆
「UNTIL THE LAST DAY」の“CD only”と“CD+DVD”の2形態をご購入の方全員に『GACKTスペシャルDVD』をプレゼント!
さらに、ご応募いただいた方の中から抽選で“限定50名様”に『豪華フォトフレーム入りGACKT特製ポートレート』もプレゼント致します。


1st FULL ALBUM 「YELLOW FRIED CHICKENzⅠ」3.14 Release!!!
未発表の新曲を含むYFCの“今”が詰まった渾身のアルバム!

【CD】※順不同
・THE END OF THE DAY
・ALL MY LOVE
・YOU ARE THE REASON
・また、ここで逢いましょッ
他、全11曲予定
【DVD typeA】
「また、ここで逢いましょッ」Music Clip
YFCの意義、想いが込められている撮り下ろしMusic Clip!
【DVD typeB】
「妄想ボーイズ 覇呂淫♥version」
2011年10月30日Zepp Nagoya公演で特別に披露されたメンバーがパートチェンジをして演奏した「妄想ガール」の模様を収録
【商品情報】
CD+DVD typeA¥3,990(tax in) YICQ-10221/B
CD+DVD typeB¥3,990(tax in)YICQ-10222/B
CD only ¥3,150(tax in) YICQ-10223





TO ALL MY DEARS



おはよう。
元気にしてるかな?

僕は、かなり色んな作業に追われながら
いかに遊ぶ時間を作るかを思案中。
あははは。

とは言っても、昨日も朝の五時までレコーディングだ。
昨日もスケジュールがタイトだったな・・・。

昨日は朝から、打ち合わせ。
そこから茨城に行って墓参り。
帰ってすぐにレコーディング。
映像の編集が終わってすぐにTBSに出発。
番組の収録が終わったのが深夜0時、、、
そこからGスタに戻ってレコーディングを再開。
とりあえず終わったのが朝の5時。

で、3時間ほど寝て、
今日は恵比寿で撮影だ。

今日はYFCの撮影が中心に行われる。
今週中に歌録りはすべて終わらせなければ渡米できない。
顔張ろう。
撮影の合間に、TAKUMIが曲を作っていたが・・・
オマエ、食べ過ぎだろ!!!

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@フィクションです

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@これもフィクションね

それにしても、タイトだな・・・。
僕の季節なのに。
雪山に行きた〜〜〜〜〜〜い!!!!

絶対に行ってやる!!!

さて、、、
相変わらず、僕のデスクトップは未だ整理が出来ていない。
誰かに整理して欲しいぐらいだが、
結局二度手間になるから自分でやるしかない。

色んな写真が散乱してる・・・。

2009年にSPAINに行った時の写真が出てきた。
この時の写真も面白い写真が一杯あったな・・・。

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@ロープウェイからの景色

カレンダー撮影で山に登った時のモノだが
なんだこの、ロープウェイの長さは・・・と驚いた。
とにかく長い!!!

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@若いね〜テッちゃん

これは、山頂に登った直後のメイクのテッちゃん。
今よりも若いんだけれど。あははは。

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@険しい山道

結構上るのが大変だったのを覚えてるかな・・・。

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@バルセロナの裏路地

完全にお上りさんになってるスタイリストのロッキー。
仕事しろよ!

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@ロッキーのキメ顔

実はこんな顔なんだよ。
写真に写るときいつも変顔をするやり手のスタイリスト。
あははっは。

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@サクラダファミリア

そして早朝のサクラダファミリアだよ。
この時も眠たかった・・・。
ほとんど寝ないで夜まで撮影だったからな・・・。
でも、スペインは僕のお気に入りの国なんだよ。
とにかく、美女が多い。

日本に帰ってからも、
暫くはどうやってスペインに住もうか本気で考えてた。
まだ、諦めてない。

東京に帰ってから、
すぐに福岡の友達に呼ばれ飛行機に飛び乗って彼の自宅まで。

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@福岡の友人宅

僕の日本の友達の中では一番おしゃれな家かな。
福岡なんだけれどロス風。
かなりイケてるな。

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@ロスっぽいね〜

一番気に入ったのがこの水槽プール。
中で泳いでいる人が外から見えるという笑えるプールだ。
かなりエロい。うーん、超イケてる。

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@ENZO FERRARI

なかなか、この車を持ってる人は少ないからね。
車好きの僕からしても、
さすがとしか言いようがない。
ENZOのコクピットはかなり小さいから僕向きじゃないが、
このドアの開き方は相当イケてる。

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@お気に入りのヴェルサーチのソファ

その後、ソファーの上で寝ちゃったんだよ。
あははっ。

家に遊びに行ったのに、
疲れてそのまま寝てしまってた。
久しく会ってないから
また遊びに行こう。

福岡は日本のスペインだなと思う僕のスペイン繋がりの日記だ。

さて、、、撮影に戻るかな。
明日は、取材日だったがレコーディングが押してるため
全行程をスタジオ作業に振り替えた。

そんなわけで
今日もいけるところまで
顔張ってくるよ。

それじゃ、最後に一言。

「明日という未来は
今日を本気で生きる者にとっての希望」


GACKT



TO All OF MY DEARS,


昨日は朝の六時から
新曲の撮影だったこともあって
かなり疲れが溜まってたみたいだ。
爆睡してしまった。。。


狂気が随分、表現された良い作品になるだろう。
完成が楽しみだ。


さて、狂気と言えば、
徐丁亥を語らずして何を語るのか?
って感じだが、、、
上手に名前が変換できない。
あはははは。


この徐丁亥、テンペストの撮影中は
有意義な沖縄での生活を満喫することが出来た。


久しぶりの
故郷での長期滞在は色んなことを考えさせてくれたのだが。
やっぱりまだ、
ここに住むのは早いなと思ったのが結論。


僕は沖縄に住むと
何にもしなくなるだろうな・・・
と、しばらく滞在して実感した。

この緩さも嫌いじゃない。
でも、今はその時じゃないかもしれない。

この髪型も恐らくは今じゃないのだろう。

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@移動中の軍人



完全にイカツイ軍人みたいになってきたモンなぁ、この頃。


これはどこで見つけたんだっけな・・・。

一応、沖縄にも
高級住宅地ってのがいくつかあって
ちょっと見に行ってみた。


都内のそれとは全く違うんだけれど、
雰囲気が非常に素敵でここに住もうかな・・・と
本気で考えてしまった。


この鯉のぼりに心打たれたんだよな。

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@大量ッす




徐さんは本当に面白いキャラクターだった。
もうちょっとこのドラマの中に生き続けてもよかったと思うが。

映画テンペストを見たときは尚更、
それを感じてしまった。
まあ、映画だからしょうがない。


でも、愛すべきキャラクターなんだよ,この人。

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@やっぱり徐さんはいいね〜〜

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@悲しい徐さん・・・



さて、沖縄での撮影中に
真栄田岬に寄ることがあったんだが
ここもみんなには是非一度は行って欲しい場所だ。

まあ、何かあるというわけではないのだが。

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@のどかな真栄田岬

少し散歩するには、良い場所なんだよ。
一日、ボーッと時間を潰すには本当に良い。
意外と風が強いのも気持ちが良い。
土日は混むが平日は人もいないから良いんだな、ここ。

ダイバーとかもかなり行くポイントのようだが、
ダイビングとは縁のない僕にとっては
まあ、絶好の散歩コースだな。

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@こんな一面も

毎日、表情が違うんだよな、当たり前かもしれないけど。
それがたまらない。

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@不思議な光景

歩いているだけで、時間が過ぎてしまう。
まあ、那覇からもそんなに遠くないし、
読谷を超えてすぐだから
沖縄に来た際には一度は寄ってみてよ・・・ッて,,,
観光局か!!!

っていうか、
沖縄の観光大使にでもなろうかな。
地元にもっと貢献しないと
爺ちゃんに叱られそうだ。

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@綺麗だろ?




東京にはもちろん無い景色なんだが、
なかなか、他でも見られない景色なんじゃないかな・・・。
琉球って日本の財産だな、ウン。


とは、言っても
まあ、良いところばかりじゃない。
イライラすることだって多い。
慣れてしまえばなんてこと無いんだろうが。

道を走っていても制限速度を守ってない人が余りにも多い。
早いんじゃない。
相当遅い!!

しかも、その制限速度をかなり下回って走ってるから
慣れないとかなりイライラする。
東京の生活に慣れてる僕には
自分で運転するにはかなり辛い場所でもある。
電車がない分、お年寄りももの凄い数、運転してる。
だから、怒ることも出来ない。
ここで、スポーツカーなんて持ったってしょうがない。

本当に実感した。

休みの日には、
知り合いのスポーツカーを借りて運転していたんだが、
全く必要ない。
むしろ、車が壊れる。
ここがロスや他のリゾート地とは違うところだな。


すべてがスローだから、
スローライフを送りたい人には最高の場所なんだよ。

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@オレンジ色の景色がいいね

こんなのどかな風景が続いている場所なんて
尚更、飛ばす必要もなくなってくる。
そりゃスローにもなる。


12年前に沖縄合宿したときも
結局3ヶ月のレコーディングが9ヶ月も伸びた。
急ぐことがアホらしくなるんだ。

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@のどかね〜〜〜

北部に行けば行くほど、
その時間の感覚も遅くなるわけだから。
うーーーん。

やっぱりゆっくり住むには良い場所なんだなぁ・・・。

ウチの死んだ爺ちゃんも
学生の頃に東京に出て生活をしていたが。
今から70年も前の話だ。
カルチャーショックは凄まじく大きかっただろうな。

どう思ってたんだろう・・・。
そんな話も一切しなかったモンなぁ。。。
今なら、一杯話したいこともあるのに。


若い頃には見えないことや分からないこと、
興味がわかないことでも
歳を重ねると、色んなことに興味が出たりする。
小さい頃なんて歴史なんて全く興味がなかったのに、
歳を重ねるにつれていかに歴史に触れることが大切かを知った。

子供達にそういったものを感動と共に届けていければ
きっと、もっと歴史にも興味を持って貰えるんだろう。

映画テンペストもそういった歴史に触れる一つのきっかけに
なってくれれば嬉しいかなぁ〜〜。


さぁて、、、
仕事に戻るかな。


GACKT


ALL OF MY DEARS



今日も少し、
散らかった過去の写真を少し整理してみよう。

面白いものが見つかるかもしれない・・・。



っとまあ、あるある・・・。あははは。
まるで、おもちゃ箱だな・・・。


これ何の撮影の時だったワカル?

001

これ実は撮影の直前なんだよ・・・。

実はこれ、「ドヤ顔サミット」の時に
恵比寿駅の駐車場に車を停めた直後。

「恵比寿駅ってこんな感じなんだ・・・」

と、一人で思いにふけっているところを
スタッフに撮られた一枚。

東京に来て新幹線以外の電車に乗ったのは
片手で数えられるほどもない。
電車が大の苦手なのだ。
でも、駅は結構好きかも。

駅の周辺って凄いことになってるよな・・・といつも関心。
結構、プラプラ歩くのも好きなんだけれど
スタッフにいつも怒られる。

「目立つし迷惑ですからやめてください!!!」

迷惑とはどういうことだ??
存在がか?それとも、この殺気立った目がか?

まあ、何を言ってもすぐに車に放り込まれるわけで・・・。
かわいそすぐる。





さてさて、他に何か無いかな・・・。
あったあった。

今年の4月にテンペストの撮影で弁髪をやったわけだけれど。
そのために髪を短く自分で切っちゃったわけ。
で、結構自分的に気に入ってポーズ取ってたら
どう見ても、ただのヤンキーにしか見えない一枚。

002

やんのか、オイッ!!!




この頃は結構色んな写真を撮ったが
どれもヤンチャな悪ガキにしか見えない感じが否めない。


この写真は随分レアな写真だ。
これはYOUの誕生日パーティーをやったときだ。
いつの頃だろう・・・。
3年前だな。
良いオトコで腹が立つが、
まあ幼なじみだ、許してやろう。

0062

ええオトコやね〜〜〜、YOUちゃん。




これは、面白い奴を見つけた。
あはははは。

RR2の時の沖縄公演のOFF日。

実家の巨大墓掃除に行く前に
国際通りの裏道を歩きながらブラブラしている間に
ダンサーの二人と遭遇。
TACちゃんとMADOKAと3人で何気なく入ったパーラー。

「今時、パーラーなんて無いだろう・・・」

と言いながら、道を歩いていたら発見。
ウォ〜〜〜!!!!と言いながら嬉しくて入ってしまった。

で、思わず頼んだのがかき氷。

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3人でとりあえず記念撮影、あはッ

別にここで食べなくても良いだろうと思いながらも
何故かおいしく感じてしまうんだな、、、これが。


店をきょろきょろ見渡しながらも
余りやる気を感じるところが無いところが
この沖縄の良さであり、
まったく、がつがつしてない。
まあ、サービスなんてのはお母さんの笑顔だけ。
これぐらいの方が僕には楽。

00863

馬鹿ダンサー二人。コイツら良い味出してる


なぜか、こんな沖縄に大満足の二人。
いいね〜〜。

まあ、自分の故郷を気に入って貰えるというのは嬉しいわけで。
別に何か特別なものがあるワケじゃない。
だから、いいんだ。

0087

なんともまあ、憎めない笑顔だね


なんでそんなに笑顔なわけ?

まあ、いつも僕を和ませてくれるその笑顔。
オトコも女もやっぱり笑顔が素敵な奴の勝ち。
どんなにむかついても
許してしまうのが笑顔。
長い言い訳されるより、
笑顔で「ごめんなさい」が
一番、効くんだよな・・・。

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この頃も体が大きいね
0090
お母さんの後ろ姿に貫禄があります


さりげなく撮った写真を後から見返すと
面白い発見も一杯ある。
僕はこの写真を見返したとき、
何故か、僕の後ろに
リックドムがいる・・・としばらく眺めていたモンだ。

0089
嬉しそうに食べるなよ〜〜

なんかこの二人、本当に微笑ましいというか、、、
このツアーを経て本当に良いオトコになってくれた。

0091
そんなお母さんに最高!!!って言っときました


そんなお母さんとも別れて・・・。

この後は地獄の墓掃除に行ったんだな。
とにかく大変だった。
炎天下の作業だったから汗もびちょびちょ。
また、墓掃除行かなきゃな〜〜。

台湾にも、
手を合わせに行こう。
そうか・・・、今日はアイツの命日だ。
台湾に行くかな。



何故か、このブログをここから先に書きたそうとすると、
ブラウザーが勝手に墜ちてしまうから今日はここまでとしよう。
友の命日でもある今日、星を見ながら少し酒でも飲むかぁ。

今日はそういう気分だな。



GACKT



All OF MY DEARS


I wish you a happy happy new year!!!!!
2012年の到来だね。
昨夜は無事にYFCのメンバーやスタッフや仲間達と
年越しジャンプもクリアーした。

YOUがいきなり、
何を勘違いしたのか
零時10秒前に

「今だ!!!ジャ〜〜ンプッ!!!」

とか言うもんだから、
みんな危うく失敗するところだった。

《トラップは常に身内から》

これを2012の戒めの格言にしよう。
その後、みんなで記念撮影。

まあ、普通にパシャリ!!!

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年越しジャンプの成功を記念に!!!

そして、ロクでなすブルースでパシャリ!!!

<02

年越し《ロクでなすブルース》

こんな感じの新年の幕開けだ。
結局、去年は色んな写真を撮ったが
全然、表に出すこともなく
僕のPCに眠っている物が多い。


これをこれから少しずつ
2011年を振り返りつつ小出しにしていくのも
面白いかなと。

ヨーロッパツアーの後半のレポートは
写真集とか、会報とかに使うことにしよう。

あれを完成させるのは相当時間が掛かる。
待ってたら、いつまで経ってもブログの更新も出来ないし。


僕のプライベートは
実にふざけた毎日で構成されている。
以外だと思う人もいるかもしれないが、
僕は常にそうでありたいと思って生きている。

ま、要は歌舞いているわけだ。

「人生、歌舞いてナンボ!!!」

オトコに対しても、女に対しても
笑っていて貰いたい。
だから、余り眉間にシワを寄せて
真面目な話をしないようにしてる。

もちろん、
真剣な話を求められるときは多々あるわけで
その時は人一倍、真剣になるわけだから。
普段は歌舞いていたい。

なんか、堅物のオトコだと思われてもな・・・。
笑っていれば、敵も友になる。
そういうもんだ。


写真を整理してたらこんなのも出てきた。

03

2011年、KAZUYAが誕生日を祝ってくれた時の一枚

KAZUYAが個人的に誕生日を祝ってくれた。
その時の一枚。

嬉しいモンだ。
この時は、まだ髪が相当短い。
でも、ここから更に短くしてしまったモンだから
YFCのヨーロッパのツアー中は
髪が中途半端に伸びるのに困った。

まあ、短い髪が好きな僕としては
伸ばせ伸ばせと言われるとどうしても切りたくなる。
あははははは。

周りが一声、「伸ばせ」という度に
ハサミを持って髪を切る。

完全に条件反射だな。

これはそんな短いときの
去年2011年のカナダの写真撮影が始まる前の
泥棒ショットだ。
ボーッとしてたら、いきなり撮られた。

04

撮るときは、ハイって言ってくれ!!!




さ〜〜て、
これから新年一発目のレコーディングだよ。
バチッと決めてくるか〜〜〜!!!

RECがスムーズに行けば、
休憩時間に追板でみんなと糸を巻き巻きするかぁ〜〜〜!!!


そんなわけで、
今年2012年も不束者ではありますが
破廉恥暴れん坊将軍、
GACKT大魔王をよろしくで候。

レコーディングに行ってくる。
みんなも良い笑顔で元旦を過ごしてくれ。
よっしゃ〜〜〜〜っ!!!


GACKT

P.S 今日は格付けか〜〜!!! さぁぁぁっぁぁぁぁぁ、結果はいかに!!! GACKT危うし!!!!

FORDEARS

未だ、ずっとヨーロッパのレポートがまとまらず、
写真もまだ整理が半分ぐらいしかついてないまま
日本ツアーも半分以上が過ぎてしまった。

今夜の大阪のライブ初日も無事に終わった。
とにかく、暑い、熱い祭りだった。
今夜の大阪は異常な盛り上がりを見せた。
とにかくすべて届けた。

喉が焼けるように痛い。
全く声は出ないが、それもしょうがない。
明日のことを考えてライブをしてしまうような
大人にはなりたくない。
たとえ、無茶だと、馬鹿だと言われても
今夜見に来た人たちに届けられるものは全部届ける。
明日は明日になってから考えればいい。

まだ、体は興奮した状態だが
頭は随分と高回転で回ってる。
感覚が敏感になってる証拠だな・・・。

今回はヨーロッパのレポートはひとまず置いておいて
書き途中の仙台のレポートを先にまとめアップすることにした。

待たせてしまってホントすまん。

2011年10月1日

日本ツアーが始まって半分が過ぎたことになる。
札幌の2DAYSが最高の盛り上がりを見せ、
僕らはその翌日、札幌から仙台に入ることにした。

自分たちYFCの活動理由でもある「3.11の震災」から半年経った現状を
しっかり目に焼き付けておこうとみんな意見が一致したからだ。

札幌から仙台に飛行機で向かうこと数時間。

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仙台の空港に到着し、
飛行機を降りてから直ぐに言葉を失った。
空港は使えるようにはなったものの、
空港の中、周辺はその傷跡がひどく残っている。

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空港の外で、仙台イベンターのHIDEが出迎えてくれた。
車中、彼が口を開いた。

「これでも、本当にマシになったんです・・・」

4


僕らはこの言葉を、この数日間に何度も耳にすることになる。
海岸付近にあった防風林はほとんどがその形をなくしていた。


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空港の周りの住宅地は壊滅、
もとに何があった場所なのかがまったくわからない。

「ここは住宅地だったんです・・・」

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HIDEは住宅地の地面を指差す。
地面には家の仕切りだけが残っていて
そこが住宅地であった面影を残す。

周辺はまだ修復が全く進んでいない。
メンバーは全員、何かの言葉を探していた。

9

車を走らせる。
数え切れないほどの特殊車両、
建設車両を運ぶ車と何度もすれ違う。
こんな光景も見たことがない。

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田んぼの至る所に船が転がっている。
まだ、こういった光景が沿岸部には随分と広がっている。
半年経った今も作業が追いついていないというのが実情だ。

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2時間余り、空港から沿岸部を見て回った。
一見、ただの広場に見えるが住宅の基礎部分の後が地面に残っている。
この一帯の住宅地がすべてなくなってしまったことが
まだ、信じられずにいた。

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海岸沿いのコンビニの跡なのだろう。
何もかもが跡形もなくボロボロになっている。

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育てていた作物も
広大な田畑もすべて塩でやられて復旧するのに
まったく見当もつかない状況だ。
ビニールハウスの屋根だけが無残にも残っている。

18


日が暮れてくる。
僕たちは「ゆさ かなこ」ちゃんの家に訪れることにした。

DEARSに昔から入っている女の子だ。

当日、津波の被害に遭遇し、
20歳という若さでその命を失ってしまった。

お母さんとご兄弟が迎えてくれた。

当時彼女は祖父母の家に遊びに行っていたらしい。
そこから帰宅途中、地震に遭遇直後、
心配で彼らの家に引き返した。

震災から5日後に発見されたという。
彼女の兄、お母さんから細かい話を聞いた。

カメラに慣れた弟さんが震災時、その真っ只中で
必死に撮った写真を見せてくれた。

波が押し寄せてくる間、必死にシャッターを押し続けたんだろう。
津波は土を運びながら色んな物を押し寄せ、
自分の家のガレージにおいてあった車を流し始めている。

家の二階から撮ったその写真は
遠くから家が流されてくるのを鮮明に写していた。

あの土を含んだ波に足を飲まれてしまったら
逃げることはできない。

当時の話を聞いているだけで
胸が痛くて苦しくて、言葉が全く出てこない。

被災地から遠く離れて住んでいる僕らは
この痛みを実感することは本当に難しい。
人の痛みを理解するということは本当に難しいことだ。

別のボランティア活動をやっている僕の仲間が
「とにかく、被災地に足を運んで現状に触れてくれ」
と言ってた意味が本当によくわかった。

言葉や写真や映像では伝えることのできない色んなものが
ここにはある。

胸が苦しい。

僕らYFCの活動は
被災地でボランティア活動する人たち、
生活をする人たち、子供達を支援するためにも
自分たちの活動を世界に広げて行っている。

でも実際には
僕たちだけじゃできないことが山積みだ。
この想いを風化させないためにも
僕たちは作品を作り、
その想いを残し、
多くの人たちに届け続けていかなきゃならない。

それは実働するボランティア活動の他に、
ミュージシャンとして
アーティストとしてやらなければならないことだと
そう感じている。

そして、勇気を必要としている人たちの背中を
一人でも多く押して行くことが
僕らに与えられた使命でもあると。


僕らにできることは少ない。
でも、僕らにしかできないことがある。
とにかく、頑張ろう。
やるべきことはまだまだ、たくさんある。



10月2日、
早朝から陸前高田市に向けて出発した。
仙台から4時間以上かかる場所だからか、
なかなか、ボランティアの数も少なく、
応援に行く人たちもかなり少ない。

この一日を使って
その周辺の現状をしっかり目に焼き付け
子供達に少しでも勇気を届けに行こうと
マイクロバス3台で向かった。

高速を使って4時間ほど走ってやっと
現地に到着する。

実際にあの震災を直に経験した熊谷さんという方が
案内してくれることになった。。

彼も眈々と色んなことを説明してくれる。
そして、やはり同じように

「これでも随分と綺麗になったんですよ・・・」

とこの言葉を合間合間に何度も挟んでくる。

実際に目の当たりにした光景は
写真や映像で見た物とは全く違うものだった。
実際は38mの高さの津波が多くの人の命とその生活を飲み込んだ。

言葉を失うってのはこういうことを言うのだろう。
実際にどんなにこうやって言葉を綴っても
写真を載せても映像を載せても
本当に伝わる部分は少ない。

u:ZOが呟いた。

「駄目だ。。。写真をどれだけ撮っても、、、
この写真をどれだけ見せたとしても、
本当の部分が伝わらない・・・」

目に涙を浮かべながらそう呟くu:ZO
僕も、メンバーも皆、
同じことを感じていた。

みんなに願いたい。
とにかく、一度は足を運んで実情に触れて欲しい。
それを不謹慎だとか言う人もいるがそんなことは決してない。
それは行く人たちの態度の問題であって
その現状に触れることも、
そこで何が起きたのかを知ることも
それを忘れないようにすることも
決して不謹慎なことじゃない。

むしろ、ニュースや写真だけを見て
わかった気になることの方が
よっぽど不謹慎だ。
日本人として忘れちゃいけないものがたくさんある。
それをみんなに心から願う。

とにかく、この現状に対する活動や想いを風化させちゃいけないんだ。
山積みになった鉄くずが
どれだけの被害だったかを無言で語る。

色んな場所を回ったあと、
地元の中学校と高校に訪れた。

子供達が喜びと驚きの表情を浮かべ
歓喜の声をあげていたのも
父兄の方達が喜んでくれていたことも
僕らにとって本当に胸が熱くなることだった。

メンバー全員が満面の笑みで子供達と触れ合ってる。
子供達の笑顔に触れられる喜びを心から感じていた。

この子供達の中には、
親を失った子供達も少なくない。
それでも、彼らは未来に向かって歩いている。

最後に子供達が僕らにこんなメッセージを送ってくれた。

「こんな遠くまで来てくれて本当にありがとうございます。
私たちは今も一日も早い復興を目指して頑張っています。
すごく長い時間が掛かると思いますが、これからも応援をお願いします。
今日はありがとうございました」


僕たちの方が礼を言わなきゃいけない気分だ。
こんな子供達が頑張って今を生きてる。
この日本の未来はこの子供達のためにある。
僕ら大人は彼ら、彼女たちの為にできることを
一つずつやっていかなければならない。

10月3日、
早朝から、多賀城市の市長と会い、
震災直後の支援に対する感謝の言葉を受け取った。
感謝しなければならないのは僕らの方だ。
東北学院大学のキャンパスに入る。

ここに多くの人たちが避難していた。
教室に通され、生徒に言葉を届けてほしいと言われ
そのときに思っている言葉を短くみんなに届けることにした。
突然の訪問に全員、驚いていたが
話の最後には涙を流す生徒もたくさんいた。

みんな、色んな想いで前に進んでいる。

大学をあとにし、港の方に車を走らせた。
港の周りは壊滅。
大型の工業船が陸に打ち上げられている。

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車がこんな風にもなるのかと
目を疑ったがコレが現実なんだ。

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ここもまた、住宅地がすべて流されてなくなっていた。
広大な土地に、土台だけが残っている。

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291
ライブの準備時間ギリギリまで
色んな場所を見て回った。

そのまま、会場入りする。
この二日間の仙台のライブは
他の場所とは大きく意味合いを変えたライブになった。
参加しているファンの中にも被災した人たちが多い。

ライブを始める前にスタッフ全員で黙祷する。


僕らは多くの意義を感じた上で、
この祭りを続けていかなければならないと思ってる。
世の中には祭りを自粛しろという声も一部ある。
僕は今だからこそ、
この祭りをしなければならないと思ってる。


本来、祭りとは魂を浄化する為に人々が集まり、
その魂を来世に送り出す儀式。


だからこそ、
こんなときだからこそ、
魂が現世にさみしい想いを残さない為にも
笑顔で送り出すために
参加している人たちが本気で楽しまないと
魂の叫びは静まらない。。

参加しているファンの中には
エンディングを迎えたとき
笑いながら泣いている子達がたくさんいた。

各々に抱えているものは違えど
これから始まる未来に足を進める勇気を
少しでも持って帰ってくれればいいと心から願う。

この日の祭りが終わってから、
メンバーも涙していた。

僕も何度も、
何故か曲中に涙が止まらなくなって苦しくなった。
なぜ、涙がこぼれてくるのか、、、
曲の途中で涙が溢れてくる。

「泣いてる場合じゃない、想いを届けなきゃ!!」

という気持ちを確認しながら
自分に叱咤していた。

この日のライブは
見に来ているファンのみんなの
それぞれに背負った特殊な気、
想いみたいなものが会場中に充満していた。

半端ない何かによって出される圧迫感が何度も襲ってくる。
そんな状態がずっと祭りの最中、続いていた。
だが、途中からどんどんその重圧感が少しずつ軽くなり
最後には開演直後とは比べられないぐらいの
陽の気に包まれていた。


もちろん、ここで全て解決するわけじゃない。
でも、ここから新たに未来に足を進められる子達がたくさんいる。


僕らもここが起点になるであろうと直感していた。
ここまでの自分たち、ここからの自分たち。
そしてまた、一周して帰って来たときに自分たちを振り返り
思い出すこともいっぱいできるのだろう。


YFCの活動を通して
多くの人たちに勇気を届けていく。

10年後、ここから動き出せた人たちに出会ったとき
僕らは自分たちの活動を振り返って
YFCとしてやってきたことに誇りを持てる日がくることを信じてる。

とにかく、まだまだツアーは続く。

やれることをやっていこう。
自分たちのやれることを少しずつでもやっていこう。

振り返ったときにみんながこっちを見て笑ってられるように。

GACKT

FORDEARS


新生YFCがようやく動き出した。

構想を実現するのに随分時間が掛かったが
衝撃的な幕開けを迎えることができた。

新生YFC構想が思いついた経緯やタイミング、
ここに至るまでの色んな出来事は
また後日、することにしよう。

今はPARIS公演を終え、
半日のオフをパリ市内で過ごした後、
次の公演先、Cologneに向かっている。


ま、相変わらず睡眠時間の極端に短い僕は
必ずといって良いほど孤独な朝焼けを迎える。

まあ、こんな時間に誰も起きてないのは
当たりまえなのだから。

以前、JONが聞いてきた。

「Gさ、聞きたいことがあるんだけれど
バスの中ってよく眠れるの?」

「うーん、どうだろう・・・。
僕は普段から極端に睡眠時間が短いから
参考になんないかも」

「え、、、ってどれぐらい??」

「だいたい・・・2~3時間ぐらいかな・・・」

「は????? それしか寝ないで生きていられんの?」

「女が横にいたらもっと眠れるんだけど」

「っていうか、GってSEXすんの?
人間っぽさが全くないんだけれど」

「どういうこと?」

「普段、血を吸ってそう・・・」

「あははは、よく言われる」


まあ、バスの中に女を連れ込むわけにもいかないから
結果、僕の睡眠時間は極端に短くなるわけだ。

さすがにこの狭いベッドで二人で寝るのは
無理がある。
でも、嫌いじゃないかも。
あはははは。。
狭い場所で抱き合って寝るのはそれはそれで
かなりSweetだ。
今度、試してみよう。


僕は普段、写真を撮ることが全くない。
基本、景色は常に自分の心に焼き付けるようにしてる。
カメラを通すと自分の心に残らない気がするし、
たとえ撮ったとしても改めてみること無いからだ。

でもそれじゃDEARSのみんなには
僕がどういう物を見ているかが伝わらない。
だから、なるべく写真も撮るようにしてる。

でも、極端にその回数が増える訳じゃないから
あまり、写真は期待しないでくれよ。


7月19日夜、
パリに着いてすぐにリハーサルが始まった。
といっても、ほとんど時間がない状況で
まだ、データの整理も終わっていない状況だった。
実際に通しリハは本番当日に早く入ってやるしかなく、
ここまで時間のない中、準備が完全に終わっていない中で
本番を迎えることは初めてだった。

とは言っても、この現状でグダグダ考えてもしょうがない。
やれることをとにかく最後まで諦めずにやる。
それしかないんだ。
戦うしかない。



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@心の心境

フランス公演のみ、
ホテルに宿泊をする予定ではあったから
荷物を部屋に入れ込む。
JONと同じ部屋だと言うこともあって
ナーバスになってるJONと色んな話をした。

「細かいことを心配するよりも
見に来てくれたファンのみんなが喜んで帰る姿を
しっかりイメージしてライブに挑むことが一番大切なこと」

イメージ力は人の内側にある力を
ギリギリまで引き出してくれる。
何のイメージも持たずに
何かを始めることは僕には全くない。
必ず、しっかり最初から最後までのイメージを頭に描き、
そのときの自分と相手がどんな顔をしているのかを心に描く。

そうすれば、
必ず結果は強く心が描いた方向に向かうようになる。

朝4時に目が覚め、
フランスの早朝を迎える準備をする。

もうすぐ日の出。
それまでに外に出られる準備をして
パン屋を探そう。


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@寝起きの街


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@ホテルを出た早朝の街の景色

これは僕のフランスでの日課。

僕の中ではフランスに訪れた際には
必ずやらなければならない習慣の一つになってる。
もちろん、ホテルの中にもパンは出てくるのだが
いまいち味気ない。
ホテルの中でおいしいパンに出会ったことがない。


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@ひたすら歩く街の中

やることは簡単。
ただ、ひたすら町の中を歩く。


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@変化する町並み

早朝だとほとんど人はいないが、
それがまた、楽しい。

人口密度の高いパリで
人が全くいないこの時間帯がたまらなく好きだ。


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@路駐はパリの景色の一つだ。

10分歩くと、一つ目のパン屋を見つけた。


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ホテルからさほど遠くはない一軒目のパン屋

笑顔のすてきな淑女が迎えてくれた。


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@一軒目の店内

英語は全く通じないが、
僕のこのつたないフランス語でクロワッサンを2つオーダーする。

「クロサワさん、2つ、、、クダサイ」

笑顔で応えてくれる。
店の中でパンを作ってるのかと尋ねると

「奥で作ってるのよ~」

と最高の笑顔で応えてくれた。
とにかく、笑顔が美しい。


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@小さな店内

パンを食べながら歩くことにする。


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@紙袋の中のクロサワさん


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@広がる町並み

歩くこと20分
少し町並みが広がっていく。
車の通りが急に激しくなる。


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@慌ただしい早朝の交差点


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@早朝を徘徊する魔王



今度はインド人らしき人たちが
慌ただしく働いているパン屋を見つける。


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@二軒目のパン屋

中に入って様子を見るが
とにかく、慌ただしい。
おいしそうな物が目にとまる。

「これ、何?」

と質問すると、
愛想のない笑顔で

「アップルパイよ!!!」

と怒られた。
どこに、アップルパイで怒られる要素があったかは不明だが
とにかく買ってみる。
あまり期待していなかったが
これがまた予想を遙かに超えて相当おいしい。
おみやげにJONに一つ買っていってやることにした。


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@JONのお土産


早朝に街を歩くと色んな店の顔を冷静に覗くことができる。
不動産屋に貼られたアパートの写真を見ながら
ここに引っ越そうかなとしばらく本気で考えてしまう。


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@不動産屋のウィンドウ


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@お気に入りの部屋


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@絵になる町並み


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@イカしたタバコ屋

家具屋もたくさんある。
フランスらしい、蝶番の店や
ドアノブだけを売ってる店まである。
また、どれもが絵になっていることがニクイ。


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@小さな家具屋


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@歴史ある店

しばらく歩くと
今度は行列ができているパン屋を見つける。
ここのアップルタルトみたいな物が目にとまる。
偉く甘そうに見えたが
とりあえずトライしてみることにした。


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@3軒目の雰囲気の良いパン屋


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@意外としっかりした店の外観

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@人の並ぶ店内


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@色、鮮やか

相当おいしい!!!!

【早起きは三文の得】と昔の人はホント上手に言ったもんだ。
今日のライブは必ず成功するだろう。
こんなに良いパン屋に巡り会えたのだから。

このままメトロに乗って
もう少し遠い街まで行ってみようかと思ったが
絶対に帰れなくなる自信があったから
またの機会にする。


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@メトロの入り口


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@さっぱりわからん・・・

歩いてきた道を戻り、
やっとの思いで部屋に帰ると
JONはまだ寝ていた。

「JON!!!!!!!!! WAKE UUUUUUUUUUP!!!!!」

と叫ぶと目を擦りながら
ゆっくり起きてきた。
アップルパイを手渡すと
寝ぼけながら食べようとしてる。

食べた途端、

「これ、超おいしい~~~~~~!!!!!!!」

と目が覚めたようだ。
そのまま、全員でジムまで走って移動。

トレーニングを開始する。


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@トレーニング後の僕とJON

いつもの如く、シンチャンはいないが
まあ、部屋で一人で黙々とパクパクと
トレーニングをしているのだろう。

こんな感じでライブ初日を迎え
時間のない中で初めての通しリハを終えた。
みんな良い緊張感の中で
PARIS公演2DAYSを終えた。

PARIS講演の内容に関しては
ほかのメンバーのYFCブログで
触れることができるだろうから
ここでは書かないが、
これから、相当な進化を確信させるライブだった。

まだまだ、改良の余地はある。
やらなければならないことも多い。

二日目を終えて
みんな疲れ果てていた。

反省会をした後に
全員でバーに行くことにした。
パリではおもしろいバーとして知る人ぞ知るブッダBARに行くことになる。


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@雰囲気のある店内

中に入ると、変わった作りのBARだ。
全員で中に入り、ウダウダと色んなことを話しながら
二日目の夜を終えた。

3日目はパリ郊外でオフを取ることになる。


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@郊外で停泊するバス


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@キャンプ場

夜には、パリの仲間と会食をする予定になっていたが
それまでは市内で少し買い物をすることにした。
今回、ほとんど上着を持ってきていなかったから
何か良い物がないか探しに行くことにした。

あっという間に時間は過ぎる。
夜になって仲間の家に行く。
SYHでも海外とのパイプを多く繋いでくれた人で
まずはその彼女の家で映画監督と会うことになった。

JONも一緒に連れて行ったが
とにかく、パリのど真ん中に住む彼女の部屋から見るパリは
また全然違った物に見えた。


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@新たな街並み


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@佇むJON

2時間ほど、
映画監督やカメラマンと色んな話を終え
別の場所に移動することになる。

フランスで一番大きな広告代理店のトップとの会食だが
この彼もまた、最高にアーティスティックでおもしろい。

彼の部屋から見た景色もまた特別雰囲気がよく
さすがとしか言いようがない。


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@部屋の窓から見える旧市街の街並み


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@顔色を変えていく街並み

彼のアパートに23時過ぎまで話をして
バスに戻ることになる。

ほかのメンバーも
それぞれ色んなところを見て回ってきたようだ。

YOUとU:ZOは昼間から飲んだくれていたらしい。
バスに帰ってきた頃には
ワイン6本空け、随分と高いテンションになってた。

久しぶりに酔っ払ってるYOUを見た。
長いそれぞれの一日がこんな風に終わる。

そして、また今日も
ドイツで新しい一日が始まる。


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@早朝ドイツの国境付近

さーて・・・、そろそろ準備をするか・・・。
みんなもうそろそろ起きて来いよ!!!!

今夜も最高の感動を届けに行って来る。

じゃな。


GACKT


FORDEAR


とうとう、ヨーロッパツアーが始まろうとしてる。
誕生日もPVの撮影中に迎えるなんて事になってしまった。
あはははは。

【 PV撮影 】

まあ、しょうがないんだな。
全てが押し押しだから。
でも、みんながなんだかんだ祝ってくれて
昨日もバンド連中が集まって何気なく騒ごうって事になったんだが
みんながケーキを用意して祝ってくれたのは本当に嬉しかった。

cake1

cake2

誕生日を迎える1週間ぐらい前から
今もまだ、体調が戻らなくて声が殆どでないような状況だ。
歌ってはつぶれ、歌ってはつぶれ・・・。
なかなか、完治はしない。
ま、これもしょうがない。

こんなときは笑っとけ。

昨日は病院に行った後、
渋谷の街を少し覗いてみたら
始めて見る景色が広がってた。
もう、東京に来て16年が経つのに
初めて見る景色が一杯ある。

shibuya

時間は本当に貴重で
あっという間に流れていく。
まるで指の間をすり抜ける砂のように。

最近はなんてこと無い景色でさえ
貴重な物に感じる。

ちょっとした、ふとした笑顔が
かけがえのない物に感じる。

仲間との意味なく騒いでる時間も
貴重な大切な時間に思える。

疲れてるからか
素敵な笑顔が心に染みる。


みんなからも多くのおめでとうメールを貰った。
本当にありがとうって言葉が溢れてとまらない。

もうすぐ日本を離れるから
少しでもDEARSのみんなの前に顔を出せるのは嬉しいよ。

取りあえず、今夜は長くなりそうだ。
頑張ってくるか〜。


GACKT

FORDEAR




3.11の震災から二ヶ月以上の時間が過ぎました。
復興の兆しを見せている地域、未だ復興の目途が立っていない地域、様々です。


どの地域でもはっきり言えるのことは、
避難所、個人避難宅で避難している方達の精神的なストレスはピークを達しています。
色んな場所で喧嘩が起きたり、揉め事が起きたりもしています。

被災地の復興に目途が立たないことで苛立つボランティアの声も少なくない。
それでも僕らは前に進まなければならない。
民間の僕たちがそれぞれに出来ることを探し共に前に進んでいかなければ
人手の足らない被災地の現状は回復しない。


「決して風化させないようそれぞれの出来る範囲で何かをやろう」
そんな想いでSHOW YOUR HEARTのメンバーも共に動いています。


これまでに、被災地に足を運んだSYHの
メンバーレポートをいくつかをピックアップしました。
全ての活動をまとめるのは膨大な時間が掛かるので
ピックアップした幾つかに目を通してみて下さい。




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SHOW YOUR HEART支援部隊
いわき市・宮城避難所レポート
小林ちさ

SYH支援部隊は今回4月4日
福島県いわき市の「中央台南小学校」「平工業高校」の2ヶ所を訪ねました。

SHOW YOUR HEARTのメンバーの一人でもある”たかの友梨”さんをはじめ
総勢20名のエステボランティア隊が避難所の女性の皆さん約70名に
フェイシャルトリートメントのサービスを行いました。

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フェイシャルトリートメントサービスの様子

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エステボランティア隊の皆さん


また、ウエットタオル、タオル、
化粧品、ソックスなどの支援物資をお渡ししました。

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SHOW YOUR HEART支援部隊

2

たかの友梨さんと。。

4月14日から16日の3日間で
津波被害の大きかった宮城県へ向かいました。
仙台市、気仙沼市、南三陸町、石巻市の9ヶ所の避難所に、
ドライシャンプー5,000本、
基礎化粧品セット2,000個、

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支援物資のドライシャンプー

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支援物資の基礎化粧品セット


タオルや子供用の衣類、手袋やソックス8,000枚、
ウエットタオル10,000枚、

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支援物資の手袋

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支援物資の手袋


子供用おもちゃなど、
女性や子供たちに喜んでいただけそうな物資を運びました。

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支援物資の本

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支援物資の数々

仙台市内の避難所
「高砂市民会館」「六郷中学校」
「JA仙台」の3ヶ所を回り、
支援部隊は気仙沼市へ。

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気仙沼市の状況①


「気仙沼中学校」に避難している気仙沼で
網元をやっている知人が家も会社も失ってしまい、
「支援物資を運ぶ車が欲しい」と言われていたため、
中古の4駆ワゴン車をガソリン付きで提供してきました。

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気仙沼市の状況②


気仙沼の漁業関係者はけっして行政頼りやボランティア頼りではなく、
自分たちで立ち直り一日でも早く漁業を復興させたいという
熱い想いがみなぎっていました。

気仙沼市の「気仙沼中学校」と隣接する「市民会館」は、
合わせて1,000人規模の大型避難所です。
支援物資のアナウンスに、あっという間に長蛇の列。

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気仙沼市の市民会館にて①


子供用Tシャツ、おもちゃ、
スイスローザンヌ「Blondel」のチョコレートの列には
子供たちがあふれかえります。

(段ボール箱11箱2,200個のチョコレートは
オープンのための営業用に用意されていたそうですが、
被災された皆さんにお配りできたほうがうれしいと
支援物資として提供していただきました)

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気仙沼市の市民会館にて②


自分のサイズを探し、
ミッキーやキティちゃんのキャラクターTシャツに
ほんのしばし子供たちに笑顔がこぼれます。

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気仙沼市の市民会館にて③


女性に大人気だったのは、トートバッグ。

「家は津波で全壊してしまいどこに流されてしまったのやら探せない。
この間から近くのお風呂に行けるようになったので、このトートは便利。
ここにコスメとタオルを入れる!私の宝物だわ」

と言ってくださる40代女性。

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コスメセットを受け取る皆さん①


何度も並びなおされる70代のおじいさんは、

「うちの奥さん、娘、孫娘の分も化粧品ください。隣の奥さんの分も」

とパワーがあります。

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コスメセットを受け取る皆さん②


1時間30分以上も列が続きもう終了かと思う頃、
隣の避難所から情報を聞いた近くの避難者や
気仙沼中学校の先生たちも

「あっー!間に合った」

と並んでくださいました。
とても喜んでいただいて、こちらもうれしくなりました。

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コスメセット受け取る皆さん③

次に訪れた南三陸町は、
大震災が発生してから2週間あまり閉ざされた町でした。

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南三陸町の様子①


気仙沼市から南三陸町に向かう道は海岸沿いが通行禁止のため、
山を2つ越しまるでジェットコースターのようにくねくね曲がりながら
急斜面を登り下りすること2時間半の山道。

南三陸町に到着すると
海に向かって瓦礫の平原が続きます。
瓦礫の山はほんの少し前まで
人々が生活していた大切な家であり、
会社であり、大事な大事な家族の歴史を刻んだ思い出。
そして、大切な人の命です。

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南三陸町の様子②

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南三陸町の様子③


今回の大津波は一瞬にして
人々の暮らしすべてを呑み込んでしまった。

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南三陸町の様子④

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南三陸町の様子⑤


そこで自衛隊の人々が
献身的に瓦礫を片付け遺体を捜査していました。
老婆や子供たちが手を合わせて
自衛隊の人々に深く深く頭を下げる光景に涙が止まりませんでした。

200名の避難者がいらっしゃる「志津川小学校」と
1,200名あまりも避難されている「志津川ベイサイドアリーナ」を訪問しました。

まだ水も出ず、一日二食という辛い状況が続く避難所です。

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志津川ベイサイドアリーナでの様子①

いろんな支援物資が届いている中で、
コスメははじめてということもあり
どちらも長蛇の列ができました。

「家も失って裸で出てきた。
ミルキーローションはあの日以来一度も塗っていないからうれしい!
肌が乾燥してボロボロだった」

という30代のお母さん。

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志津川ベイサイドアリーナでの様子②

「ありがたい、ありがたい。
死にそうになったけど、化粧品なんていただいたら、
死ぬまで女でいたいと元気になる」

という80代のおばあさん。
ボランティア活動する看護士さんたちも並びます。

「ドライシャンプーは
患者さんと癒しのコミュニケーションに使わせていただきます」

とドライシャンプーとタオルを大切そうに
持っていかれました。



最後に訪れた石巻市は、
この震災で7割の児童が亡くなったという大川小学校がありました。

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大川小学校

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石巻市の状況①

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石巻市の状況②


大川小学校の残された生徒が
4月21日から通うことになる「飯野川第一小学校」と
隣の「飯野川中学校」を訪れました。

小学校では、
教頭先生が21日から始まる新学期の準備に追われていらっしゃいました。

「家を失って仙台市内に転出を希望する児童が相次ぎ、
生徒数の半分以上から転出希望が出ています。
残った子供たちは淋しがるでしょう。
ランドセルや学用品がいろいろな方から届けられてありがたいことです」

とおっしゃっていました。

今回訪ねた10ヶ所の避難所に、
私たちは童話やマンガなどをセットした「なかよし本箱」を設置してきました。

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「なかよし本箱」

そして読みたい本の希望を書いて送れるハガキを
10枚ずつつけたのですが翌日には20枚戻ってきました。
「ワンピース(全巻)」「NARUTO(全巻)」
「メジャー(全巻)」「デカワンコ(全巻)」
「好きです 鈴木くん!!(全巻)」「オバケのQ太郎」などなど
読みたいマンガがたくさん書いてありました。
(1週間後に届けました)

次に訪れた「ビッグバン」は500人以上の避難者がいらっしゃいました。

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ビックバンにて①

ここでも、あっという間に長い列が出来、
基礎化粧品やウエットタオル、
タオルやドライシャンプー、
手袋などを皆さんに手渡すことができました。

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ビックバンにて②

「乳液をつけるのは1ヶ月ぶり。
ちょっと幸せな気持ちになります。うれしい!」

と若いお母さん。

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ビックバンにて③

「ママに化粧品をプレゼントする!」

という子供たちもいました。

“ドライシャンプー”と“乳液”をエプロンで包んだり、
ダンボールに入れて大切そうに持ち帰っていただき胸がいっぱいになりました。

予想以上の人数に、
途中で持ち込んだ化粧品がなくなりましたが、

「周りの皆さんと譲りあって使いますから。
遠くまで来てくださって本当にありがとうございます」

とおっしゃってくださいました。

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「なかよし本棚」

子供たちは避難所ではまったくテレビを観ていません。
外で遊ぶこともせずどんよりとした体育館でゴロゴロ。

「ここはつまらない!学校に行って遊びたい」
「友達がいない」

体育館の中は薄暗いし、
お年寄りも寝ていらっしゃるので、騒げずにいます。

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なかよし本棚に見入る子供達①

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なかよし本棚に見入る子供達②

石巻市では、
家族や同級生を津波で亡くした子供たちも多いので

「子供たちに取材しないでください。被災のことを話さないで!」
という注意書きもありました。

子供たちは、
笑顔の裏で計り知れない不安と悲しみを抱えているのだと思います。
彼らは生きている限り、このことを忘れることはできないでしょう。

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避難所の状況①

被災地の皆さんは長引く避難所生活の中で、
いつまで頑張れば先が見えるのかと不安でいっぱいだと思います。

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避難所の状況②

被災地までの道は、
気仙沼市も女川町も石巻市も南三陸町も、
ほんの1カ月で修復されていました。

海辺の陥没した道も自衛隊の人々が仮設の道を作り、
被災地へと続く生命線ができていました。

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自衛隊の方々①

地震で歪み、津波で欠損した道を
毎日徹夜しながら短期間で修復したのでしょう。

日本人は素晴らしい、力強いと感動しました。
この道は被災者と私たちをつなぐ絆だと思います。

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自衛隊の方々②


復興には10年以上かかると思います。

現地に行く前には、

「力仕事もできない、医師や看護士、栄養士の資格もない、
歌って喜んでいただくこともできない。
何もできない自分達が行ってもご迷惑ではないか」
と思っていました。

しかし、
実際に被災地に行ってみて仕事がいっぱいあることに気づきます。
これから行かれる方は、
力自慢は泥掻き、力の弱い方は避難所の掃除や皆さんの毛布を干す。
またお年寄り話し相手などなど、さまざまなサポートが見つかるはずです。

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避難所の状況③


私たちは被災者のこのような現実に目を背けず、
このことを風化させず、
何か少しでもできることがあるなら行動に移し
支援を長く続けていくことが大切だと思います。

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なかよし本棚と。。


《被災地の現状・声 ポイント》
1.ボランティアの人員はまだ足りません。
ゴールデンウィーク明けからは特に半壊の家からの泥出し、
掃除、海水に浸かった畳みを外に出す肉体労働の人員が足りないそうです。

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物資支援所①

2.ボランティアは、食べ物、宿泊所、
トイレなど自己完結していくのが鉄則と聞き、
私たちも簡易トイレを持参しましたが、
途中のサービスエリアでトイレも使えるし、
ガソリン補給も今は可能です。宿泊先は探せばあります。
私たちは、仙台市内のビジネスホテルに雑魚寝。車で東京を朝5時に出発。
意外に早く5時間で仙台に到着しました。
現在は飛行機も新幹線も通りましたが、
車が確実で一番いいです。
支援物資は、予めヤマト運輸の仙台市内の営業所留めにして東京から送りました。
1~2日で届きました。ヤマトの宅急便なら必ず届きます。
ヤマト運輸の営業所や宿泊先のホテルで、
予め連絡をしておけば預ってくれます。
当日車で持ち込んだものと合わせ、
支援物資の量が多かったので、仙台でレンタカーを借りました。

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物資支援所②

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物資支援所③

3.気仙沼、石巻、南三陸町、女川町などの道路は、地震や津波の影響で、
歪みはありますが、走れます。
通行禁止箇所も多少はあり遠回りになりますが、
必ず目的の被災地には行けます。
クロネコヤマトはどんな避難所にも行っていました。

4.個人宅、散らばる小さな避難所の現状はそれぞれ違いますが、
今回訪れた避難所では物資が山積みになっていました。
大きな避難所には物資が十分あります。
仕分ける人がいないのと、もう足りているということもあり
開けもせず場所を塞いでいる現状がありました。
これからは何が本当に必要な物資なのかを精査する必要があります。

5. 自衛隊などの炊き出しは長蛇の列。
一番うれしそう。南三陸町はまだ一日二食でした。
ただ、食器がない。
発泡スチロールでできたお椀を
濡れタオルで拭きながら(水が出るところは洗って)使っています。
プラスチックのお椀、皿、フォークがあればいいのにと思います。

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物資支援所④

6.大きな避難所では炊き出しの配給を各自持ち帰り、
各々毛布を畳んだ床にペタリと座り食べています。
食事をするコーナーを避難所につくり、
皆で話しをしながら食べることができたらいいのにと思いました。
そのほうが清潔だし、老人たちが孤立することもない。
配膳や後片付けも楽になると思います。

7.まだ学校が始まっていない地域もあり(4月21日から始まりました)
子供たちは異口同音に「退屈している」と言っていました。。
また、大半の支援物資は避難所で管理されているので、
自分たちのものではないという意識。
直接配布されたものは、
自分たちのものになるのでうれしいのだと思います。

8.主要な支援物資は足りています。
衣類は趣味のいいもの、
子供用のTシャツやソックスなら
ミッキーやキティなどのキャラクターものが喜ばれます。
お風呂に持って行けるトートバックなどは女性に喜ばれました。
また、女性からの要望で、
これからの季節UVカットの日焼け止めクリームが欲しいと
おっしゃっていました。

以上、レポートを終わります。


SHOW YOUR HEART支援部隊
小林ちさ





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

SHOW YOUR HEART支援部隊は
その都度、名乗りを上げた仲間が各自でチームを組み
被災地に入り活動をしています。

dscn7063

物資支援所にて。。

地道な活動でも、
積み重なれば大きくなると信じてみんな動いています。
こんな中、日立市長からお礼状を頂きました。

—————————————————–

謹啓

陽春の候、皆様にはますます御清栄のこととお喜び申し上げます。
このたびの東日本大震災に際しましては、心温まる御支援を賜り、
誠にありがとうございました。
皆様からお寄せいただいた御支援は、被災された方々の大きな支
えとなり、生きる勇気を与えてくださいました。
本市においては、幸いにも震災により亡くなられた方はおりませ
んでしたが、一時は全てのライフラインが寸断され、また、多くの
家屋が損壊、床上浸水し、学校や道路等の公共施設には甚大な損害
が生じました。
現在日立市では、一日も早く市民生活が安定し、生活再建が推進
されるよう、市民、議会、関係団体等と共に力を合わせ、復校に向
け全力で取り組んでいるところであります。
このたびお寄せいただいた御厚情に略儀ながら書中をもってお礼
申し上げますとともに、皆様のますますの御発展と御健勝をお祈り
申し上げます。
謹白

平成23年4月

日立市長 樫村千秋

—————————————————–

多くの仲間がそれぞれに名乗りを上げて
地道な活動を今も尚、続けています。
そんな彼らの行動に心から感謝しいます。

そして一日でも早く復興の兆しが見えることを願っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


SHOW YOUR HEART新潟支援部隊
山崎真二
南三陸レポート


4月初旬から
地震と津波で大被害を受けた宮城県の南三陸町に
ずっと通っています。

46b

南三陸町にて

5b

南三陸町の状況①

4b

南三陸町の状況②

6b

南三陸町の状況③

4月23日、
南三陸町の避難所から要望を受け、
GACKTさんが調達してくれたウェットティッシュ300パックと、
手配してくれた老眼鏡500本を
南三陸町最大の避難所で役場機能も兼ねている「ベイサイドアリーナ」に届けました。

34b

避難所のベイサイドアリーナ①

37b

避難所のベイサイドアリーナ②


その際、
避難所の一つ入谷公民館の阿部忠義館長にお願いし、
町内の各避難所の要望を取りまとめていただき、
29日に再度訪問して老眼鏡500本、
ウェットティッシュ200パック、
そして避難所生活を送る女性の皆さんから要望があった
コンパクトミラー300個を持参し、
無事に要望のあった避難所にすべて届けることができました。

49b

入谷公民館にて


物資を届けに行くと、
避難所の皆さんに本当に感謝していただけました。

老眼鏡はGACKTさんが知人のメガネメーカーから
寄贈の申し出を受けられ、
私が南三陸町のボランティアセンターで

「老眼鏡をプレゼントしていただける話があるが、必要ですか?」

とお尋ねしたところ、

「ぜひ、お願いします」

と要望されたもので、
お年寄りの皆さんに非常に喜んでいただけました。

また、コンパクトミラーは現地から

「もし、手に入るなら欲しい。
女性の皆さんが化粧をしたくても
トイレの洗面所の鏡では大勢が使うには難しい。
コンパクトミラーがあれば・・・」

と要望されたものです。

この事をGACKTさんに伝えたところ、
すぐに手配してそろえてくれたもので、
お届けすると女性の皆さんからとても感謝されました。

震災発生から50日が過ぎました。

3b

南三陸町の現状①

8b

南三陸町の現状②


ここまで時間が経過すると、
被災地にはかなりの支援物資が届いています。

私の見聞きしたところ、
南三陸町に限って言えば最低限、
生活に必要な衣類や寝具、
食事や水は届いていて、
衣類は全国から豊富に届き、地元の年配の人など

「震災前に着ていたものより派手でいいもの着ているかも」

と話していました。
毛布も充足していて断っている状態でした。

しかし、
今回のプロジェクトで届けた老眼鏡やコンパクトミラーのように、
生活に無くてはならない物ではないが、
本来の生活では使っていたもので、
「手に入るなら欲しい」という品物までは
まだ手が回っていない状況です。

40b

南三陸町の現状③

14b

南三陸町の現状④


それでも、
被災者の皆さんの心のなかには
「そんな物まで要望したら悪い」
という遠慮が見え隠れしています。

欲しいものを正直に「欲しい」とはなかなか言えず、
「贅沢は言ってはいけない」といった心理が働き、
無意識のうちに遠慮されているようです。

16b

公立志津川病院

18b

南三陸町の現状⑤


今後はさらに、
被災者の皆さんの要望をしっかりと聞き取り、
そのなかで自分たちが何を援助できるか考えて活動する必要性を実感しています。

以上、レポートを終わります。

23b

南三陸町の現状⑥

SHOW YOUR HEART新潟支援部隊
山崎


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彼らとの会話でこんなやりとりがあったことを鮮明に覚えています。
僕が沖縄にドラマのロケで滞在中、

「みんな、本当にありがとう。
大変だと思うけれど、顔張って欲しい。
一緒に行けなくて申し訳ない」

そんな言葉を彼らに伝えると、

「GACKTさん、
オレはこういうことをやってるオレ自身に酔ってるだけ。
申し訳ないとも思わないで下さい。
GACKTさんの分までしっかりやりますから。
こういうことをやってる自分が意外と好きなんですよ・・・」

と、何度も被災地に足を運んではボランティア活動をしてくれる仲間。
もちろん、酔ってるだけで出来ることではない。
これだけボロボロになりながらも
何か出来るんじゃないかと、活動してくれる。

こんな仲間がたくさんいます。


5月に入ってからも、
子供達の学校給食は未だにしっかりと復旧しない状況が続いています。

被災地の学校の子供達にリクエストをとったところ
おやつがほしいとの声が非常に多かったことから
川崎麻世さんを初め、多くの方の支援の元、
おやつになる物を小学校、避難所に届けることにしました。

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SHOW YOUR HEART物資運搬班
田中涼


5月12日(木)
GACKTさん、川崎麻世さんからの要請を受け
南三陸町入谷公民館へサータアンダギー1500個、
大量のラスク、バームクーヘン、パワフルボーロなどのお菓子を搬送しました。

0013

物資の数々…

東北自動車を通るルートで現地に向かったのですが
福島県に入ると今現在も高速道路には
亀裂や波をうっている場所がところどころにありました。

高速道路を降り、南三陸町に近づくにつれ地盤沈下している場所が増えていきます。

018

地盤沈下している場所

013

支柱だけが残った家屋

午後12時半頃
搬送先の公民館に到着し物資を降ろした後、
公民館の館長である阿部さんに話を伺いました。
多くの方々の支援により食料などの物資は
十分な量がある状況となってきているようです。

避難者も減り避難場所の集約のため、
公民館から学校などへ場所を移し始めているそうで
その一方、物資もメジャーな地域には届いているが、
マイナーな地域には十分な物資が届いていなかったり、
後回しになっている問題が起きています。

14

物資搬送先倉庫周辺①

002

物資搬送先倉庫周辺②

物資搬送後、現地を視察しました。
公民館から海岸沿いへ少し進むと景色は一変し
多くの瓦礫の山が広がっています。

海岸沿いから数キロ離れた場所に大きな船があり、
3階建ての建物の上に車があるといった信じられない光景が
震災から2ヶ月経った今でも残っています。

23

沿岸部から数キロ離れた場所にある船

31

大地震が残した現実①

41

大地震が残した現実②

聞いたところによると、
この瓦礫は震災後から6割除去できた状態。
当時は川にも水が全く見えない程の瓦礫が浮いており、
街は道路がどこにあるかわからない状況だったそうです。

南三陸町の現状

この街を通っていた線路は跡形もなく流され
初めてこの土地にきた我々には
どこに線路が通っていたのか想像がつかない程です。

51

線路が通っていたトンネル

61

変わり果てた線路

71

八幡川

街の風景が一望できる志津川中学校に行ってきました。

81

志津川中学校正門前から見た街の様子

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ガードレールに書かれたメッセージ

中学校から見える景色は
津波の威力がどれほどであったか瞬時に伝わってくるものでした。

残っている建物は数えられる程度。
残っていても建物内にも多くの瓦礫が入っており使用できる状況ではありません。

101

中には瓦礫しか残ってない状態の建物

111

避難を呼びかけた防災対策庁舎

121

原形をとどめていないドラッグストア

この街は1960年のチリ地震の際に津波の被害を受けている地域のため
教訓として防波堤、防潮堤、水門を設置していました。

でも、今回の津波は想定を遙かに越える波が来たため
全く防ぐことができませんでした。

また、住民の津波の危機感も低下していたそうです。
理由として、住民は防波堤などがあることを知っていたため、
津波が来ても大丈夫だという認識だったそうです。

そのため、避難せず家に残ったまま津波に流されるケースが多々あり、
家の2階へ避難すれば助かったかもしれないが、
一階の居間で過ごしたままの人もいたと聞きました。

地震直後、
街に流れた情報は3m~6mの津波が来ると伝えられたそうですが
実際に来た波の高さは20m以上のものでした。

131

南三陸町の現状①

今回の震災は、
自分も幼少の頃に経験した阪神・淡路大震災のような
地震による家屋倒壊や火災の被害ではありません。

津波によって建物が流され、
元々あった場所に自分の住んでいた家がなくなっている。
家の中の物も流され
どこにあるのかさえ検討もつかない状況です。

141

南三陸町の現状②

151

沿岸部から3キロほど離れた場所にて。。

震災から2ヶ月経った今、
南三陸町の避難所では物資は必要な量に達してきています。

次のステップとして、
ライフラインの復旧、
漁業などの産業の復興、
土地の整備に重点が置かれてきていると伺いました。

次のステップに進むのに一番必要なものは資金です。

資金を集めるために、
4月から月に一回「福興市」というイベントを行い、
地域を盛り上げ、住民に対しても楽しむ場を作っているそうです。

161

福興市のポスター

このイベントは、
地域住民だけのものでなく
他の地域からの住民がきてイベントに参加し
共に楽しみながら地域の活性化を促す目的です。

地元商店街を中心に全国の商店街も参加。
そして、被災を受けた地域住民には現金がない方が多いため、
地域通貨「タコ券」というものを発行し、
ものを購入できるシステムを作っています。

他の地域の方は現金で「タコ券」を購入するようになっています。

このイベントで多くの住民がおっしゃっていたことは、

「久しぶりに買い物をする楽しみを味わえた。
ただ、物を貰うのではなく、
自分から選んで物を買うということを味わえた・・・」

と喜んでいたそうです。

こういったイベントが、
住民にとって次のステップに踏み出す力に変わっていくのではと感じました。

このイベントは来年の3月まで行うことが決まっているそうです。
支援も、こういったイベントも一回だけではなく、
続けていくことが何よりも大切ではないのでしょうか?

今後とも持続可能な支援を考え、
行動に移していければと考えています。

以上、レポート終わります。


SHOW YOUR HEART物資運搬班
田中涼




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、最後に川崎麻世さんが被災地を訪れたときの現地レポートを載せて
このブログを締めたいと思います。

どうしても現地に行って何かやりたいという彼の想いは本当に熱いものでした。
彼が被災地から帰ってきて、僕にすぐメールを送ってきました。

「GACKT、俺たちはまだまだ、やらなきゃいけないことが一杯ある!!!」

僕も同じようにそう感じています。
そんな彼のレポートを読んで下さい。

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SHOW YOUR HEART
川崎麻世


2011・3・11
大震災が東日本を襲って多くの被害者を出した。
そして我々は、今できる事は何かと活動を始めた。
義援金・救援物資 他

しかし俺は被災地にいる方々に逢いたい気持ちが止まなかった。
こうして日本の皆さんに育てられながら芸能界で活動している。
恩返しをしなくては。

やっとまとまった時間が取れ、5月13日から4日間で東北へ向かった。
初日、東京チームは山形に入り、山形チームと合流した。
ブログで募った沢山の救援物資をトラックに積み込み、炊き出しの仕度、
ミーティングをして翌朝に最初の被災地、宮城県南三陸町に入った。

999

大震災が残した現状 Ⅰ


山道を下ると目の前に津波で流された街が広がった。
瓦礫の他には何もないと言っても過言ではない。

001

大震災が残した現状Ⅱ

24

大震災が残した現状Ⅲ


そして避難所の南三陸町歌津中学校に入り、賛同してくれたボランティア団体と仙台からの仲間と合流した。
先ずは体育館に避難している方々に逢いに行くと、皆さんの方から集まって来てくれた。
想像していたよりも笑顔で前向きな方達が多かった。

1111

南三陸町歌津中学校 体育館

そして、炊き出しは焼きそば、唐揚げ、野菜スティック。
お楽しみコーナーではお菓子の掴み取り・お面・お楽しみカード・マッサージコーナー。
沢山の方々が喜んでくれた。

しかし南三陸の街は果てしなく壊滅しているのに何故こんなに笑顔でいられるのだろうか?
「だって起きてしまった事は仕方ない、前向きに考えなきゃね」
と、笑顔で話してくれた。

今まで海で稼がせてもらった分、全部海が持ってっちゃった。
だけどまた海で取り戻すしかないと言う話を聞いたことがある。
一日目にしてそんな東北の強さを思い知らされた。
ガソリンスタンドの前に一枚の看板があった。津波のバカ!でも頑張っぺと書いてあった。

被災地2日目は宮城県気仙沼。
港に向かう道を右折した瞬間にぐちゃぐちゃになった街が姿を現した。

52

大震災が残した現状Ⅳ

南三陸町とは違い、街の中心部は多くの建物が崩壊しながらも、その形だけは残していた。
車を降りて街を歩いた。

62

大震災が残した現状Ⅴ

風が吹くと今にも崩れ落ちそうな形だけとどめた建物。
ぶら下がったトタンやドアがバタバタと音をたて粉塵が舞っていた。
テレビで見た高台があった。
高台からのカメラの映像で津波が襲い、車や建物や船が流されていた映像を見た街だ。
海が燃え、船が燃えていた街。

更に海岸線を行くと大型の船が陸に打ち上げられていた。

92

陸に打ち上げられた船Ⅰ

666

陸に打ち上げられた船Ⅱ

555

陸に打ち上げられた船Ⅲ

ガソリンスタンドの大きな時計は悲劇が起きた時間で止まっていた。

82

悲劇が起きた時間を示す時計

その先には水浸しになり、まだ手付かずの区域が果てしなく続いていた。
街は悪臭に包まれ、流された車が建物の上に乗っていたり、
着物が入ったタンスやぬいぐるみや履き物が寂しく主人を待っていた。

しかし、この広大な瓦礫の地に自衛隊はよく道を作ってくれたものだ。

32

自衛隊の皆さん

避難所にはボランティアの方々はいるが、
瓦礫の整理や撤去をしているボランティアには一度も会わなかった。

このままでいいのだろうか?
国からの指示を待っているのだろうか?

この瓦礫の整理や撤去は民間のボランティアの協力なくしてはかなり長期戦になると思った。

102

大震災が残した現状Ⅵ

避難所の気仙沼市民会館に行った。
ここで大阪チームと合流、炊き出し・お楽しみコーナーには約1000人が集まった。
皆さんがいる大広間を訪問した。

こんにちはと声をかけると皆さんも大きな声でこんにちはと返してくれる。

444

気仙沼市民会館にて Ⅰ

初老の夫婦が笑顔から一転して震災が起きた時の事を語り始めた。

「地震の後に停電しサイレンが鳴り響き、津波警報の中、夫婦は一目散に高台に上がった。
その直後、登りきった階段が流された。あと一秒遅れていたら…。
助けを叫ぶ人に足を止め、引き返した方が一緒に流されました。
流されて行く多くの人達と流されて行く我が家…」

やがて女性は涙で話せなくなった。
俺は彼女を抱きしめた。
泣いたらだめだね、泣いたら…と自分に言い聞かせていた。
御主人が口を開いた。

333

気仙沼市民会館にて Ⅱ

「我々はまだ幸せだ、この中には家族や親戚を亡くした方々が沢山いる。
今は命も助かり、こうして屋根の下で避難できている。
寒い中、数日間、屋根の上で救助を待ってた人もいる。あの時はほんとに寒かった」と。

そして、こんな思いをしながらも皆さんは原発問題を抱える福島の人達を心配していた。
その後も避難所を回り、一人一人の歴史や思い出にあってはならない悲惨な傷跡が残っている事に胸が痛んだ。

132

大震災が残した現状Ⅶ

最終日、我々は地震・津波・原発・風評被害が起きた福島県へと移動した。
一見何事もなかったかの様にみえる郡山市街、
避難所になっている近代的な大型の建物、ビックパレットに向かった。
震災、原発水素爆発後に富岡町と河内村から約2500人が避難し足の踏み場もなく通路も通れない状態で、
原発を恐れてしばらくは物資も届かなかったらしい。

888

大震災が残した現状Ⅷ

現在は約1100人が避難している。
皆さんが寝泊まりしているホールへ行った。
ここでは海岸線の避難所とは違う空気があった。
多くの人達が横になり、頭を抱えている人や口を開かない人も沢山いた。
当たり前だ、諦めがつくものか。家があるのに帰れない原発問題。
いまだに見えない津波の中で助けを求めている様に感じた。勿論元気にふるまっている人や子供達も沢山いる。

101010

子供達と…

「麻世さんよく来てくれたね、
ここにはあまり芸能人も来てくれないんだよね、
やっぱり原発かな・・・」と。

こんにちはと声をかけて歩くと、少しずつ笑顔が見えてきた。
準備から約5時間。炊き出しをしたり、綿菓子、マッサージコーナーを設けた。
温かいおうどんを食べる事はない、ありがとうって感謝してくれた。
富岡町の副町長も深刻な眼差しで語っていた。

222

大震災が残した現状Ⅸ

777

大震災が残した現状Ⅹ

将来、福島県の人口は激減するでしょう。その人達の雇用問題が懸念されます。
残るのは土地に根付いたお年寄り。
中には危険地域に戻り、農家で自給自足で生きて行く人達も少なくないと言っていた。

避難所を離れると自己責任になってしまうらしい。
しかしプライバシーや感染病を塞ぐ為に仮設住宅やアパートに移っていただき、避難所の人数を減らしたいと。
だが、仮設住宅に入ると新しい情報が入手困難になる為に迷っている人達も多いとか。

112

大震災が残した現状Ⅺ

俺は聞いた、今我々にできる事は、求める事は何ですかと。
それは少しでも風評被害を防いで欲しい、多くのマスメディアを通して国民に伝えて欲しいと痛切に願っていた。

ストレス発散に家族で他県の温泉に行ったところ、
福島ナンバーの車に「福島帰れ!」と書かれていたり、傷つけられたり、
中には福島県民お断りの場所もあるという。この差別は許しがたい。

この4日間3ヵ所で救援物資約6トン、炊き出し約2000食。
そして福島産物約2トンをトラックに積み込んで帰路についた。

今俺達が何をするべきなのか、一日も早い復興を願うにあたり、
俺はこんな小さな人間だけど、これからもまだまだできる事はいっぱいあると認識した。
そして被災者の方々と共に頑張って行く誓いをたてた。

賛同してくれた大阪の仲間、山形の仲間、仙台の仲間、東京の仲間・・・
そして、温かい心のこもった沢山の物資を送ってくれた皆さんに感謝いたします。

SHOW YOUR HEART
川崎麻世



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

僕らの今後の支援の形は、
ずっと同じやり方で良いというわけではありません。

現在までは物資を被災地に送ることを最優先させてきましたが、
これからは「魚より釣り竿を」という行動に移して行く時期に入ってきたと思います。
何か、物を与えることよりも、、「釣り竿」を用意し
自分たちの生活は自分たち自身でも組み立てていけるよう協力していく。

以前からずっと言っていることですが、
人は与えられ続けると、精神も心も駄目になっていきます。
ひとは創造や生産が出来なくなると
諦める気持ちや投げやりな気持ちがずっとつきまといます。
それでは真の復興とは言えません。

SHOW YOUR HEARTが応援している「ふんばろう東日本プロジェクト」の新たな試みも
その一つです。
被災者の方達に復興する上で必要な免許、資格を取って貰い
仕事を用意し、けっして立ち止まらない姿勢を取り戻して貰うこと。
僕らの課題です。

そして諸外国に対する動きも必要です。
日本の現状をより理解して貰い、
その国における日本の製品、産物の輸入に対する規制や
渡航に対する考え方も見直して貰う必要もあります。

㒒は一個人として出来ることと共に、
一人のアーティストとしてやれることの可能性を探しながら
諸外国に理解の輪を広げることをこの二ヶ月やってきました。

実際に産物の受け入れを再開してくれた国もあります。
それでもまだかなり規制、縛りがたくさんあります。

僕らには認識しなければならない現実があります。
僕らは震災という観点では被害者です。
ただ、地球汚染という観点では加害者なのです。

誰かのせいにする問題じゃない。
僕らが自分たちの生活を便利にしてきたこと、
それにもたれてきたこと、その便利さを当たり前だと思い、
この小さな地震大国に、異常な数の原発を容認してきたことも
自分たちの責任なのです。

誰のせいでもない。


今回の事故が起きてから東電に対するバッシングが際だっていますが
この現状を容認、黙認してきたのは、紛れもない僕ら日本人です。

これだけの情報社会にもかかわらず、
僕らは自分たちの本当に知らなければならないことを
学ばなければならないことを手に入れようとはしていなかった。

この数十年の僕たちが続けてきた、
「無関心の継続、関心の放置、当たり前にある生活感、災害や事故に対する危機感の薄れ」
これらは誰の責任なのか。

一概に国のせいにするのは間違っている。
危機感にしても、何かの必要性に対する対応も
その街、その都市に住む僕らの声があって意味を成すもの。

たとえ、国が何かの方針をとったところで僕らの関心が無ければ
他人事にしか思えない現状を僕らが作ってきたのだと思います。

僕らはこの豊かな国、日本に生まれ、育ってきた中で
多くの物を手にしてきた反面、
多くの大切な意識と心を失ってきました。

諸外国の近代的な文化を取り入れすぎるあまりに
本来、自分たちが護らなければならない大切な精神と文化を
無くしてきた事実がたくさんあります。

これらも僕らの責任です。
僕らはここから新たな日本を作るために
動いていかなければならない。

これは被災地だけの問題じゃない。
日本人である、日本に住む者達全員の問題です。
数十年掛かること。

それでも未来の子供達のため、
自分自身のためにやらなければならない。

「国を護る、国を創る」ってことはこういうことなのではないでしょうか?

僕らは今回の震災をきっかけに
多くの失った物を取り戻す機会を与えられたと思わなければ、
自分たちの失った物を取り戻していかなければ、
失った物が多すぎる。

多くの尊い命が失われました。
たくさんの思い出の地が一瞬に消えてしまいました。

これは日本人である、僕ら全員の問題なのです。

ふ〜〜、今回のブログはとても長くなりました。
前回から、今回のブログを書くまでに色んなことがありすぎて
正直、頭の中でまとまらない量になっていたので、
これでも随分と簡潔に頭の中を整理したわけです。

さて、最後に叫んでみるか〜〜〜。

SHOW YOUR HEAAAAAAAAAAAAAAAAART!!!!!!
自分の出来る小さなことから。





GACKT

SHOW YOUR HEART MACAO

SHOW YOUR HEART MACAO

FORDEAR




随分と時間が掛かってしまったけれど、
3/31日からこの日までの活動レポートをまとめました。
なにせ、送られてきた膨大な写真に目を通すだけでも大変だったので
こうやってまとめることに時間が掛かって申し訳ない。
関わってくれたみんなの写真を一枚でも多く載せたいので
レポートの合間、合間に写真を載せたいと思います。

SHOW UR HEART*GIVE UR LOVE

SHOW YOUR HEART*GIVE YOUR LOVE

日本国内だけじゃなく、
世界中で多くの仲間が協力してくれました。

SHOW YOUR HEART from Singapore

SHOW YOUR HEART from Singapore

SHOW YOUR HEART from Netherlands

SHOW YOUR HEART from Netherlands

31日、当日に至るまでの動きは多すぎて
正直、何をどう書いて良いかわからない・・・。
ただ、これだけは言わなきゃいけないのは
今回のSHOW YOUR HEARTの活動は
僕の力で為し得たものじゃないってことです。

SHOW YOUR HEART from 近畿

SHOW YOUR HEART from 関西地区

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

多くの仲間が手伝ってくれました。
川崎麻世さんをはじめ、芸能人の友人も多く手伝ってくれました。

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

ダンサーをまとめあげ日本中で指揮を執ってくれた仲間が大勢いました。

SHOW YOUR HEART from 関東

SHOW YOUR HEART from 関東地区

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

NHN、楽天、チェリオ、ピザーラ、ストーンマーケット、、、、
全ての企業は紹介できませんが、多くの仲間が動いてくれました。

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

SHOW YOUR HEART from 関東

SHOW YOUR HEART from 関東地区

心が心を呼び、多くの仲間が賛同し協力してくれました。
そして日本だけでなく世界中のDEARSのみんなも動いてくれました。

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SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

僕たちは繋がっている。

SHOW YOUR HEART from 北信越

SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

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SHOW YOUR HEART from 北海道地区

本当に感謝しています。

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SHOW YOUR HEART from 中国地区

もちろん、まだ何も終わっていない現状で、
やらなければならないことは日ごとに増えていき、
現場で必要とされる物もめまぐるしく変わる。
そんな混沌とした現状とこれからの長い復興に
確固たる心の繋がりがなければ僕らの未来はどんどん駄目になってしまう。
物だけを復興しても、失ったものは何も帰ってこない。

SHOW YOUR HEART from 関西

SHOW YOUR HEART from 関西地区

中国地区

SHOW YOUR HEART from 中国地区

心を復興していくこと。
それが、僕らが一番忘れてはならないこと。
今、より一層強く・・・
そう感じます。

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SHOW YOUR HEART from 沖縄地区

まだ寒さも残る2011年3月31日、
夕方5時から7時までの二時間、
全国130カ所、5000人による一斉街頭募金が行われました。

中部・東海地区

SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

この二時間で25,234,490円もの義援金が集まりました。
そして約3週間の募金活動で約2億1千万近い寄付金を全額、日本赤十字に届けました。

多くの仲間と、そして賛同し募金していただいた多くの方の心の結晶です。

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SHOW YOUR HEART from 関西地区

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SHOW YOUR HEART from 北信越地区

31日を以て日本国内の第一回目の募金活動は終了しましたが
国外でも多くのSHOW YOUR HEARTの仲間が活動してくれました。

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SHOW YOUR HEART from Germany

ドイツ、フランス、イタリア、スイス、スペイン、ノルウェー、ルーマニア・・・、
台湾、韓国、香港、フィリピン、マレーシア、マカオ、シンガポール、タイ、オーストラリア・・・、
アメリカ、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア・・・、
すべてを挙げることは出来ませんが多くの国に住む仲間が
各地で手を挙げこの活動を共に進めてくれました。

sydney

SHOW YOUR HEART from Sydney

singapore

SHOW YOUR HEART from Singapore

各国、厳しい規制のある中での活動でした。

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SHOW YOUR HEART from Romania

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SHOW YOUR HEART from Romania

日本よりも遙かに街頭募金に対する規制の厳しい国で多くの仲間が協力してくれました。

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SHOW YOUR HEART from Sydney

そして多くの国が愛のあるメッセージを届けてくれました。
YOUTUBEで SHOW YOUR HEARTと検索すれば
その愛の溢れるメッセージを直接、見ることが出来ます。
是非見て下さい。

http://www.youtube.com/results?search_query=SHOW+YOUR+HEART&aq=f


31日に至るまでは色んな作業を平行して行っていました。
街頭募金活動の準備もさることながら、
被災地への物資の要請が多く、それと同時進行で進めていました。
いまだに被災地から要請はまだまだ、後を絶ちません。

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SHOW YOUR HEART from 関東地区

31日を迎える前までは少数の人数で動いていましたが
あまりにも大規模なプロジェクトだったため、
最終的には200人あまりのスタッフが稼働する大きな物になりました。

関東

SHOW YOUR HEART from 関東地区

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SHOW YOUR HEART from 関東地区

僕らに協力してくれた全国のイベンターも所轄の警察署も
多く協力してくれました。

関西

SHOW YOUR HEART from 関西地区

実際にどんなことをやっても文句を言う人もいる。

それぞれの場所で街頭募金活動に関わった人たちの感想も聞きました。

「目の前で大声出すんじゃねーよ!!!」
そういった罵声を受けた人も少なくなかったみたいです。

「本当はこの金って被災地にはいかないんだろう??」とか、
「偽善者が!!!」とか。
「ウケル〜〜〜!!!」と、横を笑いながら通り抜ける学生もいたようです。
それに対して関わった仲間は

「色々、言われたときは悔しかったけれど・・・、
でも、笑顔で募金してくれた人に涙が零れました」と。

「色んな人がいるんだって事が本当にわかりました・・・」と。

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SHOW YOUR HEART from 中国地区

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SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

実際に街頭募金活動をするということは
痛みを直接感じることだと思います。

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SHOW YOUR HEART from 沖縄地区

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

このネット社会でバーチャルな生活になれている僕らが
直接、痛みを感じることがどんどんなくなってきている今、
目の前の人に罵倒されること、
正しいと思ってやっていることを完全に否定されたりすることは
むしろ、必要なことであるとさえ感じます。

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

匿名で人を傷つけ合うことだって当たり前になってきているこの狂った世の中で
人としての心、自分自身を取り戻すためには、
直接、人の痛みを知る、理解するってことは本当に必要なことだと。

九州

SHOW YOUR HEART from 九州地区

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

痛みを知れば、
本当に苦しんでいる人たちに対して
他人事に思えるような行為はしない。

もちろん、自分の出来る小さな事からでいい。
それで良いんだと思います。

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SHOW YOUR HEART from 北信越地区

僕は、賛否両論ある中、
すべてを自粛すればいいとは思ってはいない。
今、日本では何もかもが自粛、自粛でこのままだと
経済そのものが回らなくなっていくんじゃないかと思うことさえある。

こんなときだからこそ、
美しい桜を見て、美しいと感じる気持ちに対し、
そう思えることにありがたいと感謝することも大切なのことじゃないのか・・・。

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SHOW YOUR HEART from 北信越地区

もちろん、
僕の意見だってただ一つの意見でしかない。
正しい、間違ってるを議論したいんじゃない。

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

僕は歌を歌うことが仕事で
歌を届けることが仕事で
その歌に想いを乗せて誰かの心の鐘を響かせるのが仕事です。

その歌を聴いて
がんばろうって思ってくれれば
それもまた大きな意味のあること。

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

桜と同じです。

桜を見て
涙を流すのと同じです。

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SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

これからSHOW YOUR HEARTで出来ることはたくさんあります。
それと同時に音楽活動を通してもっとやって行かなきゃいけないことが
たくさんあるんじゃないか・・・と今後の自分自身の活動を見直し続けていました。

自分の中で歌や音楽の存在はそういうために使うべきだと。
それが自分らしい生き方なのかも知れないと。

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SHOW YOUR HEART from 関西地区

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SHOW YOUR HEART from 関西地区

もちろん、今、音楽活動以外で進めていることはたくさんあります。

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SHOW YOUR HEART from 関西地区

「ふんばろう東日本プロジェクト」と連携を取っていくこともその一つ。

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SHOW YOUR HEART from 沖縄地区

東京コレクションと連携し決して今回のことを風化させないために動くのもその一つ。

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SHOW YOUR HEART from 四国地区

今日、「ふんばろう東日本プロジェクト」の西條君と話をしたときに出た言葉の中に
「今の自分だから出来ることとは何か?」
「今の自分なら一体何が出来るのか・・・」
これが僕と彼の動いている根本的な考え方。

「ふんばろう東日本プロジェクト」
http://sites.google.com/site/fjm201104/


とにかく、無理なことをやろうって話じゃなく
今の自分だから出来ることが何かあるんじゃないかって突き詰めて動いた結果、
一つの形が見えてきた。

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SHOW YOUR HEART from 関西地区

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SHOW YOUR HEART from 東京・神奈川地区

その輪が広がって、最終的に役に立つ物になって、
一人でも多くの誰かを助けられれば・・・。

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SHOW YOUR HEART from 四国地区

北海道

SHOW YOUR HEART from 北海道地区

現在、この国の復興には50兆、とあるレポートには200兆円が必要だとも言われています。
すでに桁が大きすぎてよくわからない人も多いと思います。
実際、今、日赤に集まっている金額は1300億。

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SHOW YOUR HEART from 中国地区

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

復興にかかる金額が20兆と仮定すると、

感覚的には、
「物を直すのに20万円必要なのに、手元には1300円しかない」
今、僕らはこういう状況の中にいます。

ここから、どれだけの人員とお金と物資が必要かは
みんなもわかるはず。

現状は、足りない物が多すぎる。

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SHOW YOUR HEART from 北信越地区

だから、長期でみんなの支え合いが必要になる。
国外からの援助も必要になる。

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SHOW YOUR HEART from 北信越地区

そして心を支えるものが必要になる。

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SHOW YOUR HEART from 九州地区

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SHOW YOUR HEART from 関東地区

決して風化させないために
一日でもみんなの笑顔を取り戻すために。

未来に生きる子供達の笑顔を無くさないためにも。
頑張ろう・・・

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SHOW YOUR HEART from 関西地区


あはは
先月から、自分に何度「頑張ろう・・・」って言ったかわからないけれど。
意外と悪くないかも。
この「頑張ろう」は誰かに対して強要するものじゃなく、
自分自身に対しての鼓舞なんだな・・・。

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SHOW YOUR HEART from 中部・東海地区

自分の弱い気持ちに負けないために。


GACKT

受領書

SHOW YOUR HEART 受領証

FORDEAR


この数日、色んなことがあった。
心が救われることもあった。
悲しいこともあった。
それでも僕らは、今日を生きてる。

多賀城市市長からの手紙が
手元に届いた。


—————————————————————————-

GACKTさんの呼びかけに
   応えて下さった多くの方々へ

今年3月は例年になく寒い日が多く、多賀城でも時々雪が降る日がありました。
そんな折、3月11日にこの度の東日本大震災が発生し、
避難した方々、また、自宅に居た方々にとって、電気、水道が止まり、凍えそうな日々の連続でした。

そこに、GACKTさんの呼びかけで、多くの方々から2000リットルの灯油を2度も届けていただき、心も身体も暖まりました。

多くの方々のご支援もいただき、復興に向け一丸となって頑張ります。
ご支援いただきました事を心より感謝申し上げ、御礼のご挨拶といたします。

多賀城市長
菊地 健次郎


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また、こんな手紙も頂いた。

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東北学院大学工学部学部長の遠藤銀朗です。 

どんなにメディアの映像を通して惨状を知ったとしても、
たとえそれが3Dであったとしても、
その場の空の臭いや風の不気味さや
そして眼前に迫り来る現実を五感で認識することがなければ、
起こったこことが現実の惨事であることを、
そしてその現実がどのような意味を持つものであるかを悟ることをできないような、
そのような現場にGACKTさんに代わって救援物資と共に
GACKT事務所社長の佐藤さんに来ていただきました。
佐藤さんに宮城県多賀城市に来ていただいて、
現実にここで起こったことをGACKTさんに伝えていただいたことは、
それだけで私どものこころの支えをさらに強固にしてくれました。

GACKTさんが勇気をもって声を出し組織された”SHOW YOUR HEART”のプロジェクトは、
皆さんの人のつながりを大きな一つの輪にしてくれました。
そして、その輪の中に多賀城市で大地震と大津波によって被災した方々を包み込んでいただいたことを、
そして私どもを含めてその悲惨な状況の中で
何とか支え合って生きている多賀城市民の皆さんをその輪に加えていただいたことを、
本当に嬉しく思っております。

多賀城に送り届けていただいた救援物資は、
まさにHEARTSであると思います。
それらの物資を身に纏い、
お腹に入れるとき、
被災者の皆さんは贈って下さった皆さんのこころの暖かさを感じています。

3月11日は寒い日でした。

押し寄せる津波にのみこまれながらも辛うじて生きながらえた人々、
寒さのなかで水が引き救援が来るのを10時間以上も待っていた人々、
そのような人たちが、
ここ東北学院大学多賀城キャンパスの避難所にも沢山たどり着きました。

その方々にとって何よりも大きな支えとなっているのは、
まさに人のこころの暖かさであると思います。
いただいた救援物資の向こう側に見捨てることなく支援しようとしている人たちが
沢山いてくれると思えることが、
そしてその人たちを信じることができると思うことが、
希望を全く失わせてしまうような惨事から何とかはい上がり、
そして将来の希望の明かりを見出すための道案内の光なりました。

GACKTさん、
そして”SHOW YOUR HEART”のプロジェクトを支えられている多くの皆さんに、
心からありがとうございましたと感謝申し上げます。
 

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今回、僕らに関わってくれた仲間の想いが
少しでも被災地で頑張ってる人たちに届けば・・・。
そう思いながら今も尚、必死に藻掻いています。

今回被災地に物資を直接届けに行ったウチの代表の佐藤は
今、体に癌を患っています。

物資を被災地に運んだあと
国立の癌研でエライ怒られ、
そのあと、しばらく投薬で動けなかったみたいで。

そんな彼が僕に昨日、こう言った。


「起点になると思ったんだ。
眠いこと言ってる連中を動かす、そんな起点にしたかった・・・」

僕らは彼の行動を受け、更に
ものすごいスピードで動いている。

もう、僕の周りには誰も迷う者はいなくなった。
こうやって、互いに支え合いながら僕らは前に進んでいる。

これはなにも僕らに限ったことじゃないんだ。
みんなの周りでも同じことが言える。
今、迷ってる暇なんかないんだ。

僕らはこれからの長い復興の道のりを
足並みを揃えて前に進んでいかなければならない。


今回、31日に行われる全国一斉街頭募金活動も
多くの著名人、俳優、女優、歌手、
モデル、タレント、ダンサー、150人以上が
率先して街頭に立つことを望んでくれた。

もちろん、起こりうる問題点の可能性を挙げればキリはないし、
また、心ない人たちのバッシングもあることだろう。

いわゆる「人の汗の掻き方に文句をつける輩」だ。

何が正しいか間違っているかを論議するタイミングなのだろうか。
僕はその日が終わりに、次の日につなげるために反省点を書き出す。
でも、けっして論議ばかりして動き出さないなんてことはまったくない。
動きが遅くなるからだ。
船頭がたくさんいれば、
船は出航できたとしても、目的地にたどり着くことさえ危ぶまれる。

僕はいつも言っているが、
街頭募金とは、お金を集めることだけが目的じゃない。むしろ、
街頭募金とは、お金を集める行為そのものにはあまり意味があるとは思っていない。
金を集めるだけならもっと良い方法だってある。

街頭募金とはお金を寄付する側の想いと行為に意味があるのだと思っている。

だから、別にそのお金を寄付する先が僕らじゃなきゃ駄目だなんて
これっぽっちも思ってない。

近くに赤十字があれば、
赤い羽根があれば、
他に活動する団体があれば、
そしてそれを自分の意志と責任で選んでくれればいいんだ。

自分の足で、
自分の意志で
誰かを少しでも助けようとするその行動そのものに意味がある。


そして、集めた義援金は
その団体で誰かを助けるために活動する人たちの生活も含めて
支援していることになる。

彼らは団体を持続するのにも
活動を維持していくのにもお金が掛かる。

それに対しても、また文句を言うヤツがいる。
「〜%もあの団体は取るんだよ!!!」とか。
「実際は〜ぐらいしか届かないんだよ」とか。


彼らは、それぞれの活動目的や共通意志の中に集い、
実際に物資を供給し、被災地で動き、出来る限りの支援活動を行う。
時に、それは国の機関より圧倒的に行動が早いことだってざらじゃない。

そんな彼らを支援することも含めて、
みんなが自分の意志で選び、
その選んだことに責任を持ち、
自分たちの想いを託すってことそのものが
心のバトンリレーなんじゃないかって思うんだ。


今回、SHOW YOUR HEARTは赤十字を全面的にのサポートすることを決めた。
集まったすべての義援金は日本赤十字に託す。
彼らに自分たちの想いを託しているんだ。
それが僕らの今回選んだ道であり、
今後は、また、本当に必要な人たちのために活動しようと思ってる。
それは、日本国内に限ったことじゃないんだ。


僕らは今回のことで、
いかに人を助けることが難しいことかわかったはずだ。
一人では。
でも、仲間が集まれば無理だと思うことも可能になり
その輪が広がれば、多くの仲間を救えることを知った。
助けを求める声があれば、国内に限らず、
互いに助け合うべきだ。

そう思ってる。
それは自分の中で確信に変わった。


これからも被災地と被災者に対して
やらなきゃいけないことがまだまだ一杯ある。

でも、自分たちのことばかり考えてちゃ駄目だ。
そんな自分たちでありたいし、みんなにもそうあって貰いたい。
それが日本人としての誇りなんだ。


僕はよく、海外の連中に

「日本人はNoと言えないんだろう?」

なんてことを訪ねられる。
それは全く違う。


「僕らはNoと言えないんじゃない。
僕らはNoと言わないんだ」


「No!!!」 と答えることは簡単だ。
それは相手に対する拒絶。
それが敵を生む結果に繋がることだってある。

僕ら日本人が 「No」 と敢えて言わないのは、
相手と時間を掛けて向き合い、
相手と自分の意見をすりあわせ、
お互いの着地点を見いだしていくことの出来る国民だからだ。

そんな日本人であることに僕は誇りを持っている。
そんな心や文化を持つ、日本人である僕らが
自分たちのことしか考えていないなんて話にならない。

そうやって助け合える心こそ 「日本人らしさ」 の原点であると。
だからこそ、日本人らしく、助けを求める隣人に
迷わず手を差し伸べられる自分でありたい。

分かってもらえるだろうか・・・
まあ、少なくとも僕はこういう生き方を選んでいる。
たとえ、古いだなんだって言われても僕はこういうオトコだ。

これが日本人の誇りだと胸を張って言える。
僕は自分が日本人であることに誇りを持って生きてる。


色んなファッションが入り乱れる現代、
日本人だって言えるのは外見じゃなく、
その心のそのものだけじゃないのかな・・・
この世の中にそんな男達が、それを理解できる女が
たくさん増えて、これからの復興に携わってくれれば
被災者の心の復興に携わってくれれば、
必ずこの国は立ち直ることは出来る。

そう信じている。


最後に、
昨日の夜中に訃報が届いた。
大切な僕のDEARSの訃報だ。
亡くなった彼女のお兄さんから貰った言葉を読んでほしい。

名前は伏せているが、彼自身も、
彼の今の想いをみんなに届けることを望んでくれた。

一人でも多くの人に、彼の思いが届くことを願っている。



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「今回の東日本大震災で私の妹が亡くなりました。
妹は今年成人式を迎えたばかりのまだ若干20歳という若さでした。
生前は様々な出来ごとが妹にありました。
自殺を考えるなど本当に追い込まれた状況から本人を救ったのは妹がファンであるGACKTさんのおかげであると聞いております。
幸いなことに今回本人の体は家に帰ってくることができました。
先程頂いたお話しを胸に妹の分まで家族で力を合わせて頑張っていきたいと思います。
今日妹を預けてきましたが、会場には同じGACKTさんのファンで妹と繋がりのある方がかなりお越し頂きました。
これもGACKTさんが軸になり妹の人脈が広がったおかげかと思います。
本当にありがとうございました。
妹はやりたい事があってもやれないまま亡くなりました。
今回の震災で無事だった人には一生懸命生きて頂きたいんです」

—————————————————————————-

僕たちに残されたやらなければいけないこととは、復興だけじゃない。
僕たちは今、自分たちがこうやって生きてることに感謝しなきゃいけない。

本当に生きたいと想いながらも、
無念の中で逝ってしまった人たちがたくさんいる。
いい加減に今日を生きちゃいけないんだ。


たとえ、目的がない、やることがないと思っていても、
生きることに意味がないことなんて全くない。
今日という日に感謝しなくちゃいけないんだ。

「今日」という日は、
本当に生きたくても、
その願い叶わず死んでいった人たちの大切な未来。
彼らには届くことのない「明日」だったんだ。

「本気で生きる」ってことをやろう。
誰かの背中を押せるように本気で生きよう。

長くなったけれど、
みんなにはわかって貰いたいんだ。

こうやって、生きてることがどれだけすばらしいかってことを。

今、被災地には
生きることに疲れている人たちもいる。
絶望の中で、生きることの意味を感じることが出来なくなった人もいる。
大切な人を亡くして、生きる喜びを失った人がたくさんいる。
すべてを失って、どうやって生きていいか、わからない人もいる。

そんなに彼らを勇気を届けよう。
みんな、それぞれの形で良いんだ。
少しの勇気で良いんだ。
どんな形でも良い。

その勇気が彼らの希望になるんだ。
彼らの生きる希望になるんだ。
生きてて良かったってそう思って貰える勇気を届けよう。

それが、今日を生きる僕らの使命だ。



GACKT


FORDEAR


今回、宮城県多賀城市に物資を運ぶことが出来ました。
ルートは最悪の場合を想定し幾つか確保し、
最低でも運搬車両のどれか一つは
必ず被災地に届けられるように段取りをしたものでした。


時間は随分ずれてしまったものの、
現地に計3台の物資運搬車両と燃料運搬車を
届けることができました。


今、持っている人間関係と信頼関係によって
通常は出来ないことを
無理矢理、通したこともたくさんありました。
そのやり方が、正しいかどうかの議論をするつもりはありません。

とにかく、被災地の方達に物資を届けたい。
それを形にしただけのことでした。


SHOW YOUR HEARTを影で支えてくれている多くの方達と
実働で動いてくれた仲間達、被災地に届けてくれた仲間、
そして何より被災地で頑張ってくれている被災者と
彼らを支える多くの方々に感謝の気持ちを心から送ります。



今回、SHOW YOUR HEARTは義援金を集める活動だけではなく、
人も物資も燃料も被災地に届けられるように取り組んできました。

物資を運び現地で活動するためのSHOW YOUR HEARTの選別チームを作り
彼らから届いたレポートをここに載せたいと思います。
送られてきた写真を選別させて貰いました。
あまりにも惨い物は外しました。
でも彼らの想いを直接届けたいので文章はそのまま載せます。
言葉の表現がきつい点は許してやって下さい。



SYH被災地活動チームのレポート


避難場所の様子。
災害当初は1000人近くいたそうだ。

ここに来た人は、
津波直後に多賀城自衛隊駐屯地の隊員が海から救出したり、
着の身着のままで逃げてきた被災者。

今は200人程度が避難しており、電気も確保。
道路挟んだ文化センターには2000人が避難しており、
SYHの物資は東北学院大学キャンパスの体育館に陳列し整備出来次第に配給開始。

昨日の昼飯はバナナ1本のみ。

被災者情報掲示板には貼りきれないほどの情報があった。

小学生の男の子か。
地元の言葉で両親への情報を求める張り紙には言葉が詰まった。

避難場所の礼拝堂

避難場所の礼拝堂


昼食の配給

昼食の配給


伝言板

伝言板


小学生の言葉

小学生の言葉


SYH現地活動チーム
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第一便の被災地到着が夜中になった。
当初、避難所の皆さん数百人で荷を降ろす風景をイメージしていた自分達を恥に思った。

津波を逃れた被災者は既に避難生活が1週間を過ぎて疲労困憊している。
深夜は静寂に包まれて話をする人もいない。
荷降ろしの場所は野外であり、気温は氷点下。

物資はせめて日中午後に到着するように配慮すべきであったかと反省する。
第一便の12tは夜間氷点下で多賀城市と大学の職員10名とで3時間掛けて体育館に搬入。

第二便は避難所近くで待機、夜明けを待って3時間掛けて搬入した。

大学職員の方々

大学職員の方々


荷下ろし

荷下ろし


物資の搬入

物資の搬入


SYH被災地活動チーム
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SYH支援物資は東北学院大学・多賀城避難所の体育館に搬入。
この避難所ならびに対面の文化センター(ここは保管場所がない)
避難所の2200人が支援物資に供給。
供給記録は東北学院大学職員チームが記録し後日SYHに報告する。

体育館に並べられた物資

体育館に並べられた物資


東北学院大学の職員の方々

東北学院大学の職員の方々


SYH現地活動チーム
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今回の物資搬入以外に燃料(軽油)を搬入。
こちらの緊急車両や重機への供給として利用。

現在、多賀城市や自衛隊でも手に入れにくい燃料を
『SHOW YOUR HEART』にて供給に成功。

以下多賀城市役所にて、
災害緊急車両やガレキの撤去に使用される作業車両約30台への給油風景の一部になる。

また写真は撮れなかったが、
市内で活動している重機に市役所の要請にて給油に回ってきた。

燃料供給車両

燃料供給車両


作業車両に燃料供給

作業車両に燃料供給


災害支援車両に燃料供給

災害支援車両に燃料供給


SYH被災地活動チーム
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仙台市中心部に壊滅的な地震の被害は少ない。住宅地も同様。

今回の大震災は宮城県沿岸部の都市、
岩手県、福島県の沿岸部の都市の津波の被害であった。
宮城県の沿岸都市の被害は甚大。

ちなみに仙台港は仙台市ではなく多賀城市に在り、壊滅的な被害を受けた。

多賀城市街地風景。
くの字に折れ曲がる電柱が津波の激しさを示している。

津波で折れた電柱

津波で折れた電柱


SYH被災地活動チーム
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多賀城市の流通メイン道路のひとつ。
空爆の直後のような風景が広がっていた。

流通道路

流通道路


SYH被災地活動チーム
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早朝、夜明けの街並み。
津波の通過したCVS。。。。。
中身はボッカリ空洞になってる。
津波が来たときには店員や客が居たという。

中が抜けてしまったコンビニ

中が抜けてしまったコンビニ


SYH被災地活動チーム
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状態が良くてこのレベルだ。
当日の津波の威力を物語る。

状態のましな車両

状態のましな車両


商店街に転がる車の数は数百台。。。
街に転がる車両の山

街に転がる車両の山

横転するトラックやトレーラー。

このエリアは津波が来る様な場所ではなく商業地。
津波が来たときに車は普通に走ってた。

運転手は流されたという。

町中の風景

町中の風景


SYH被災地活動チーム
********************


横転した車。 
中の人間の確認出来ず。ほとんどの車はこのような状態。
津波で団子状態にされた車両。
一番下の車の中に人が居る可能性も有る。

まだ、警察、自衛隊の救助は開始されておらず腐臭が漂う。

横転した車両

横転した車両


重なり合う車両

重なり合う車両


SYH被災地活動チーム
********************


崩壊した住宅街。
転がるタンクローリー。自衛隊や警察は未だ入らず。

走行中に電柱に叩きつけられたと思われる車。運転席は崩壊。
この車の山からの腐臭が漂っていた。
一番下の車の状況は確認出来ず。

この日の午後から自衛隊が救出活動始めるとの情報。
すでに津波発生から1週間が経過している。

住宅地

住宅地


柱に激突した車両

柱に激突した車両


住宅地

住宅地


SYH被災地活動チーム
********************


このあたりはファミリーレストランやラーメン屋など飲食店が多かった通り。
現状は廃墟。

大通り

大通り


SYH被災地活動チーム
********************


このあたりは、
多賀城市街地から続く仙台港に続く流通、物流の拠点の通り。。。
社屋に叩きつけられた駐車中の車両。

津波の高さは15mであったそうだ。
この事業所も津波時に数十名が働いていた。

物流の拠点

物流の拠点


物流の社屋

物流の社屋


事業所

事業所


SYH被災地活動チーム
********************


これは佐藤代表の関連物流会社の仙台港営業所の現状。
津波発生時に15名の社員が働いてた。

関連会社

関連会社


メディアが発表しているものは規制されたごく一部の内容であり
実際は想像を遙かに超えた悲惨な状況だ。
復興には想像を超える多大な時間を要するものとなるのが一目瞭然だ。

SYHの活動内容の補足、並びに復興に対する支援は
更に多方面に必要だと思われる。

報告終了

SYH被災地活動チーム
********************



Twitterにも記載したが
今回のSYH被災地活動チームの中に
僕の会社の代表、佐藤もいました。

彼は仙台にも関連会社を持っていることから、
現地でのやりとりが一番スムーズにとれるいう理由からです。
彼の現地の関連会社にも今回の物資運搬を協力して貰いました。

彼は今回、SYH被災地活動チームの一人だけれど、被災者でもあります。
彼の本当の心境は、僕には理解してやれない。

彼の現地活動中に仲間のほとんどが遺体で上がりました。
残念でならないです。
今回、彼は被災地に行くことを買って出てくれました。


「GACKTが現地に行くと、色々言うヤツもいるかも知れない。
売名行為だとかなんとかさ。でも、オレが行く分には
どこのオッサンか分からないんだからちょうど良いだろう・・・?
GACKTの想いはオレがみんなに届けるよ」


と。
確かに物資は届けられました。
でも、彼がどんな思いで仲間達の死を受け入れ
何を思ったか、その傷みを本当の意味で共有してやることは出来ません。

でも、そんな彼らの傷みを埋めるだけのたくさんの活動と行動を
僕はこれから何年も掛けてとっていかなければならないと思っています。


ここ数日で、
立ち上がったチャリティーもたくさんあります。
どれがいいとか悪いとかは分かりません。

ただ、はっきり言えることは
僕はチャリティーのパフォーマンス合戦に全く興味がありません。


チャリティーは競い合う物じゃない。
被災者を助けるための物。

本来の目的を見失わないでほしい。
僕らの活動は、
チャリティーのための活動ではなく、
被災者のための活動でなければならない。



復興までの長い道のりを
みんなが本当に考え、心を動かし、行動してくれれば、
必ずみんなで助け合えると思っています。


そう信じています。


今回の災害で亡くなった方の冥福を祈ります。

そして僕らはこの出来事を風化させないように、
自分たちの出来ることをやっていこうと思います。
すべての人が生きる希望を感じて貰うためにも。


GACKT




FORDEAR


昨夜、
被災地の一つである日立市に物資を届けることが出来ました。
そして今夜、
津波で街をのまれた多賀城市にも荷物を届けることが出来ました。
今も尚、走っている物資もあります。

道路のひび割れはあちこちでひどく、
対向車はおびただしい数の救急車。
並走する車はすごい数の警察車両と消防車だということです。

朝の4時に仲間も無事に帰ってきてくれました。
かれらの声を聞いたとき、何故か涙が溢れてきました。

この涙が何の涙がよく分からなかったけれど
とにかく、仲間も無事で良かったと心の底から思いました。

「トラックのウィングが開いたときの、みんなの喜んだ顔が脳裏に焼き付いています」

そんな言葉を彼らから聞けてよかった・・・とそう心から思いました。
もちろん、僕も直接届けに行きたいという気持ちはあります。
でも、かえって迷惑を掛けてしまう。
こっちでやらなきゃいけないことは山積みで
今は、僕が他に優先してやらなければならないことがまだたくさんある。
僕たちすべての想いを仲間に託しました。

関わってくれたみんなの想いが
少しでも被災地の人たちに届けばいいなと思っています。

今日の昼、
倉庫に荷物の確認をするために行ったのですが、
少しでも早く届けたいという気持ちからか、
気づけば一緒に、ひたすらトラックに荷物を運び積んでいました。

あの重たい飲料水のケースも、彼らの生きる希望になる。
荷物を積み終わったときに、倉庫で働く方たちが

「今回のチャリティーのこと、ニュースで見ました。みんな応援しています」


と、温かい声をくれました。
彼らはみんな、無理を聞いて協力してくれました。
この非常時に心を動かして、
書類上、先にやらなきゃいけないことよりも
人の命を優先するという理由で共に動いてくれました。
本当にありがとうございます。

世の中、腐ったヤツばかりじゃない。

僕らは色んな人から背中を支えられ、
やらなきゃいけないことを全うする義務がある。


僕らは今回、
“SHOW YOUR HEART”という
チャリティーサイトを立ち上げました。
その目的は、第一に一円でも多く義援金を集めること。
それが今の僕らのやるべきことだと思っています。

「物資を集めて、被災地に直接運べばいいじゃないか?」


もちろん、そんな声もたくさん頂きました。
でもそれには想像以上の労力と必要以上の手間と手続きと、
何より膨大な時間を要します。

今回、被災地の人たちに届ける物資に関して
公に援助を募りませんでした。
それは、混乱を避けるためです。


今回、僕らは60トン以上の物資と車両を
被災地に送ることが出来ました。
もちろんそれが十分な量とは思っていません。
今も尚、さらに物資を被災地に運んでいます。

必要以上の手間と行政に対する手続きが
僕らの時間を奪っていきます。

そしてその時間を要している間に
現地で必要としている物、状況、
行政が出す条件、規制がどんどん変わっていくのが現状です。

前日まで良かったことが翌日、駄目になることも、
前日まで駄目で膨大な時間を掛けたことが
翌日、急に許可されることも多々ありました。
そんな時間を要している間に、
準備した物資を持って行っても
現地で必要のない物になるということも起こります。

今回、僕らは多くの方々と、企業の協力により
60トンの物資を17日から届けることが出来ました。
でも、これは地震発生時から、
かなり時間の掛かった作業になりました。

その理由は公的手続きに時間を多く要するからです。
公的手続きを取る理由はたくさんあります。

現地に荷物を輸送しても
途中で引き返さなければならなかったり、
たどり着かない、もしくは車をおいてこなければならない
といったことが多く見られたからです。
物資が被災地に届かなければ意味がない。

緊急車両手続き、
現地からの正式な物資援助要請、
通行手順、
通行許可、
倉庫の確保、
運搬車両の確保、
燃料の確保、
燃料の補充先、
現在必要としている物資の選択、
人員の確保、
食中毒の問題、
アレルギーの問題、
荷物の仕分け、
積み荷・・・

上げればキリのない手続きや作業が死ぬほどあります。


僕の抱えているスタッフの数では
この作業は完全にキャパオーバーです。
みんな徹夜の作業で効率も悪くなります。


もちろん、今この瞬間に
物資を届けられるだけ届けたいという想いは
僕も死ぬほどあります。

けれど、僕ら民間団体では限度があり、
かえってマイナスに働くこともあります。
なので、物資を運ぶことは非常にナーバスな問題なんです。

なんでも送れば
喜んで貰えるというわけじゃないんです。


そのことを考慮した上で、
被災地の人たちに届けなければならない物は届けています。

でもそれは、このタイミングだから必要なことでもあり、
今後は、現地に物資が過剰供給されることのバランスも考え
行動しなくてはなりません。

「物資を運びたいから持って行ってくれ!!」


と、おっしゃってくれる方の気持ちは痛いほど分かります。
でも、運搬車両には積載に限りがあります。

被災地に直接行って応援するという行為も
今のタイミングでは明らかに邪魔になります。
現場での支援はプロの方の仕事が必要です。
僕ら素人が現場において足手まといになることが多々あります。

以上の理由から
募金活動が一番、
僕ら全員で動ける最大の行動だと思っています。

そんな中でも
今回、こうやって物資を運ぶのを手伝ってくれた仲間に
心から、心の底から感謝しています。

各地方から集められた物資は間違いなく届けます。
彼らも徹夜で作業してくれました。
慣れない作業を必死でやってくれました。
みんな気持ちで動いてくれました。

その仲間の行為を避難する人たちも多々いました。
物資の集め方がなってない、とか。
気持ちが入っていない、とか。

今回、大勢の仲間が色んな想いで参加してくれました。
本当に被災者の方々のことを思い、何かをしたいと思ってくれた人から
何となく協力しようかなと思ってくれた人まで。

でも、誰の意識持ち方がが正しくて、
誰の熱意の持ち方が間違ってて…なんていう話は
この状況が落ち着いてからでも十分出来ます。

たとえどんな理由でも、
理屈を説き、ごたくを並べ動かない「善」が
正しいのでしょうか?


僕には分かりません。
少なくとも今、正しいかどうかの判断すら意味がない。
今の僕は動くことが自分の在り方と思っています。
ともかく、動きました。
反省点はその日の終わりに振り返って
翌日からの行動に生かします。
立ち止まっている暇はないんです。

今はどんな理由でも協力してくれた仲間に
心から感謝しています。

昨夜、物資を届けた被災地の方から手紙を貰いました。
そして、彼女が撮った写真がありました。

「 GACKTさん、スタッフの皆様、そして物資を援助してくださった皆様

GACKTさんのライブの機材車が到着し、トラックの荷台が開いた時、たくさんの荷物が詰め込まれていて驚きました。
こちらのスタッフも「わぁ~」と歓声をあげていました。
積み込まれている品物もたくさんの種類があり、あれだけの品物を集めて、厳選して、
そして積み込んだのは、本当に本当に大変な作業だったと思います。
ダンボールに手書きで中身の内容が書いてあったり、届いた品物全てに皆さんの気持ちが込められていました。
こんなにも温かいプレゼントがあるのかと、本当に感動で涙が止まりません。
現在、福島県から原発の件で避難してきた方々が、日立に150名程来ています。
その方々は当然できるだけ遠くに避難したいわけですが、やはりガソリン不足で日立に来るまでが精一杯だったそうです。
いただいた貴重な貴重な品物は、日立市民だけでなく、福島の方々や、
必要として待っているみんなの元へ届けます!
今回日立に物資を届けたことで、何で茨城に?とGACKTさんが責められ叩かれてしまうことが不安でなりません。
何をするにしても、賛同する人がいれば、非難する人もいるということはわかっています。
でも、ただ純粋に、困っている人を助けたいというGACKTさんやスタッフの皆さんの気持ちまでも
非難されてしまうのかと思うと凄く悔しい。こんなにも被災者の気持ちを考えて送られてくる援助物資は他にない!って、声を大にして言いたいです。
GACKTさん、私たちにはGACKTさん達の気持ちがちゃんと届いてるよ。本当に感謝してもしきれない…
たくさんの被害が出て、元の生活に戻るには凄く時間がかかると思います。
でも今日GACKTさん達が見せてくれた人のパワー、結束力の凄さを胸に刻んで、私達もみんなで力を合わせて頑張ります!
明日は宮城に向かうとのこと…茨城よりも行くまでの道のりが危険で大変だと思います。
GACKTさん達の気持ちが、無事に宮城の皆さんにも届きますように☆
本当に本当にありがとうございました。関わった全ての方に、ありがとうとお伝えください。

*珠梨* 」

ウィング開放

ウィング開放

市役所の方々

市役所の方々

自衛隊の方々

自衛隊の方々


そして、関西地区で必死に物資を集めてくれた仲間の一人からの手紙も届きました。
こうやって、出会ったこともない人たちの心がつながっていきました。

「 60㌧の物資をそちらに届けることが出来たことを嬉しく思います。
テレビでは5億寄付や10億寄付と騒がれてる中、素晴らしいとは思いますが
流石に僕達には出来ません。
物資を集め出した時、中々集まらず1,000円の寄付やトイレットペーパー5袋そんな状況でした。
そんな中、昼になりどんどん集まり始め最後には10㌧という物資が集まりました。
たった1日で10㌧です。
60㌧という物資は何万人の気持ち・想いが詰まった素晴らしい贈り物。
中には100円の物100㌘しか出来なかった人も居たんです。
でも何万人が集めれば60㌧になる。
本当に放映されなければいけないのはこういった方達ですよね。
お金じゃないということを、
皆が集まればお金じゃ出来ない事が出来るということを、
GACKTという本当のリーダーが源となって、
初めて素晴らしいということがどういうことなのかを感じました。
長くなりましたが今まで生きてきて出来ないことの方が多い中、
こんな学びを教えて頂きました。
また逢える日を楽しみにしてます、お身体だけはお大事にして下さい。

虎 」

荷物の仕分け

荷物の仕分け

作業中

作業中

仕分け完了

仕分け完了



彼らはすべて手作業で16時間掛けて
集まった物を仕分けして届けてくれました。
こうやって、多くの仲間に支えられ、
僕たちは一つの結果を出すことが出来ました。

今も尚、
被災地に向かっている仲間の安否も気になります。
でも、出発したみんなは口を揃えて、

「被災地で頑張る人たちの方が何百倍もつらい思いをしてる」と。


どんなことがあっても必ず物資は届けることを約束してくれました。
信じています。
僕の仲間ですから。

現在、日本は2万人の死者を上回るであろう大惨事の真っ只中です。
いまだに他人事だと思っている人がいることが信じられません。
他人の汗のかき方に文句をつける人までいます。
人を誹謗中傷することを商売にする人もいます。

悲しい話です。

でも、決してそんな人ばかりじゃない。
自分の出来ることからで良いんです。
とにかく、動いてほしい。

世界中の仲間から、寄付をしてくれたことが連日こちらに届きます。
海外からは、サイトに記した振り込み先には振り込めません。
直接、赤十字に寄付をしてくれています。
寄付先は僕らのところだけじゃない。
どの寄付先でも良いんです。
みんなが責任を持って自分で選んで入れてくれればいいんです。

今回、振り込み先の窓口、その全責任を楽天銀行株式会社が背負ってくれました。
これだけのスピードで対応してくださったことを心から感謝しています。

行政にもお願いさせていただきたい。
ルールはすべてをただ厳しく取り締まるものではなく
円滑に進めるものであるべきだと。
なによりも優先すべきは被災者の人たちであるべきです。

行政を責めたいんじゃないんです。
協力したいんです。

そう思っている民間団体は数多くいます。
事態が好転することを心から望んでいます。
連日、大変な作業だということも理解しています。

長くなりましたが、
僕たちは月末までに
とにかく、一円でも多く義援金を集めます。

被災地の皆さん、頑張って。
僕らは、あなたたちをけっして見捨てたりはしない。

SHOW YOUR HEART!!!

GACKT

少しだけ仮眠します。


SHOW YOUR HEART(大型義援金サイト)
http://static.hangame.co.jp/hangame/extra/showyourheart/index.html

銀行名 楽天銀行 (0036)
支店名 ホンテン
支店番号 101
口座番号 9000130
口座名義
楽天銀行 株式会社 ショウユアハート義援金口
(ラクテンギンコウ カブシキガイシヤ シヨウユアハートギエンキングチ)

FORDEAR


みんな色んな意味で疲れていると思います。
被災地のみんな、本当に踏ん張っていると思います。
寂しくて、つらくて、それでも前に進んでいると思います。

みんな一生懸命、戦っています。
現地で不眠不休で活動している自衛隊の皆さん、本当にお疲れ様です。
ボランティアで動き回っている方々、本当にありがとうございます。
国の機関に関わっている方々、
色んな責任を背負って夜も眠らず戦っていると思います。


そしてなにより被災者の方達、
僕らには想像してもしきれない環境のなかで
恐怖と空腹と孤独と不安に立ち向かっていると思います。

希望を捨てないで下さい。
必ずみんなで助けます。

僕たちも今、出来る限りのことをやっています。
僕も徹夜で作業をしています。


首都圏は、物資を集めようにも
今、何もない状態です。
それを運ぶ手段もない。
燃料も全くない。
数日前までは考えられなかった状況です。

それでも多くの仲間と
必死になってかき集めました。
多くの企業も
「自分たちに出来ることを」と
想いを合わせ、動いてくれました。
燃料も必死になって集めました。

あとは、少しでも僕たちの想いや
みんなの勇気を送りたいという気持ちが
一緒に届けばいいなと心から願っています。
どれだけの被災者の方の足しになるかは分かりません。
でも、関わってくれたみんなの勇気がたくさん詰まっています。

今回、
残念なことに、
やっぱりこんな緊急時でも
心のないヤツってのはいるもので
詐欺メールやチェーンメールが出回っているのを目にしました。
もちろん、想定内ではあるんだけれど。
残念でならない。

こんな時に、こんな大切なときに、
そんなことやってる場合か?
なんで、足を引っ張ることをするんだろう?
何が楽しくてそんなことやっているんだろう?
暇人としかいいようがない。
バカにも程がある。
目の前にいたら、速攻カカト落としです。

みんなもこんな下らない詐欺メールやチェーンメールに引っかからないでほしい。
っていうか、引っかからないと思うけれど。
あまりにも下らなすぎて同じ日本人として恥ずかしい。

みんなには知ってて貰いたい。

地震直後のあの混乱の中で
今回、NHN Japan株式会社がいち早く、
僕の行動に賛同し、すぐに動いてくれました。

何かしたいと思うみんなが
すぐにでも、少しでも動けるように。
みんなの気持ちの行き先をしっかりとしたものにするために。

「何かしたくても出来ない・・・」

「何か出来るんじゃないか・・・?」

そう思っている人たちがほんの少しのきっかけで行動に移すために。
みんなと共に行動し、
被災地の人たちを助けたいと思う気持ちを形にするために。

そんな想いでNHN Japan株式会社は僕と一緒に動いてくれました。
徹夜の作業を続けてここまで来ました。

彼らとは、オンラインゲーム『 Dragon Nest 』からの付き合いです。
社長自ら寄付金を出し、率先し、
チャリティーサイトを立ち上げることを何より優先させ、
会社の別口座をこのチャリティーのために開放してくれました。
それは、僕が持っているチャリティー口座を振り込み先にしたら、
僕がメディアに叩かれることを回避するために
彼らが矢面に立って僕のかわりに
その責任を背負ってくれると言ってくれました。

つまらない雑音に振り回されず、
GACKTはボランティア活動に、
チャリティー活動に専念してほしいという
彼らの想いでした。

もちろん、『SHOW YOUR HEART』の専用基金口座は同時に申請しています。
でも、それを開設、設置するのには時間も掛かる。
だからそれまでの間は、
彼らの持っている別口座を開放してくれたわけです。
もちろん公認会計士も入っています。
現在の状況を逐一、公開できるようにする予定でしたが、
システムの開発に時間がかなり掛かるということで、
その開発は後回しにしました。
優先する作業は他にも山ほどあったので。
現在、7000万ほど集まっています。

そして、基金の送り先に関しては、慎重に協議しようという話になりました。
それもまた、バッシングの対象になることも最初から分かっていました。
でも、バッシングを避けるためにやる行為と
実用的な判断で今、一番必要とされる場所に届ける行為は全くちがう。
だからこそ、しっかり検証する必要がありました。

県知事に直接渡し、集まった基金は復興基金として
被災者に分配して貰う方が良いんじゃないかという話が一番最初の段階でした。
が、事態は一切、収束をみせず混乱は広がる一途で
今はまったく、政府機関が手一杯の状態。
それを受け、現在の支援に回すことを優先しました。

現在の「救助支援」と「復興支援」

コレは全く別の意味を持ちます。
だからこそ、日本赤十字を全面的にバックアップする結論になりました。
支援先の選択には色々な意味を持ちます。

基金の集め方にもいくつかのやり方と意味があり、
長期でその活動を持続することはもとより、
世の中の想いを持続させていくことは非常に難しい。
だからこそ、僕たちは長期ではなくタームごとに区切って
その都度、チャリティーを開催して
援助金を集めみんなの想いが終息しないようにすることを選びました。

阪神大震災の時にも起きてしまった、
「日本中の人たちの被災者に対する想いの終息」

これが「世の中の被災者に対する想いの終息」を防ぐための一つの方法であると思っています。

今よりも復興に対する問題はより深刻になり、
実質的な行動はよりエネルギーを要します。

実際に被災者の方達が苦しむのは今だけじゃないんです。

復興しているさなか、
自分の住む家もない状態が何年も続くことを、みんな想像できますか?
自分の興した会社が莫大な借金を抱えて、
事業を続けなければならない苦しみが想像できますか?

阪神大震災の直後、自殺者が相次ぎました。

僕は、想像しただけで涙が出ます。
もし、世の中が自分たちを見捨ててしまっていたら。
過去の物として、過ぎ去った物として忘れてしまっていたら。

人は希望のなかで生きています。
希望があれば生きていけます。
自分たちは決して見捨てられてはいないと
そう信じられれば、生きていけます。
誰かが自分たちのことを想ってくれていると感じられれば
生きていけます。
自分は孤独じゃないんだと信じられれば生きていけます。

だからこそ、期限を切って集めていくことを僕らは目的としています。
今回の目的は「日本赤十字をバックアップするため」です。
そして、今回必ず、それに対して結果を出し
次はしっかりと復興を目的として期間を区切って活動します。


何となくホームページを読んだだけではみんな募金までたどり着かない。
文字を読んだから、内容が理解できたから、募金をするわけじゃない。
心が動くから、自分に出来ることの形の一つとして募金をするんだと思います。



T.MR.の西川貴教君も一生懸命、動いています。
何とかしたい、何かをしたいと思う気持ちは、僕らみんな一緒です。
向いている方向は同じです。

だからこそ、僕らは今回、3月31日までを一つの期限とし、
そこまでに出来る限りのことをやると決めました。

自分たちの目標に期限を切っているからこそ、
何日も徹夜が出来るんです。
もっと頑張れるんです。
もっと頑張ろうと思えるんです。
力が出るんです。
みんなが、まだやれると思えるんです。
それが、僕らが出した答えであり、僕らのやり方です。

集中力を継続させることは本当に難しい。
何となくなんて気持ちに決してならないために。

今、日本中で動いてくれているみんなが
この瞬間、突き動かされて自分のやれることをやる。
それで良いんだと思います。
無理をしてほしいわけじゃない。
ただ、他人事だと思わずに
向き合ってほしいんです。

まだ他人事だと思っているヤツに
かっこつけてるだけだと思っているそんなヤツに
心のパンチ一発入れられるように。
そんな場合じゃないだろう?って
愛のビンタを決められるように。

そんな感じです。

嬉しくないですか?
自分の行動に心からのありがとうを言われたら。

それだけです。
理由なんて、単純なものです。

僕らは日本人です。
隣に困っている人がいたら
手を差し伸べることの出来る日本人です。

そんな心を忘れてしまった日本人が
この国を、この国に住む子供達を駄目にする。

僕らはそんな心を持つ日本人なんです。
だからこそ、
今こそ、
動くときなんじゃないですか?

かっこつけてるって思われてもいいじゃん。
今の瞬間の自分がほんの少しでも、
昨日の自分よりイケてると
そう感じられれば。

少しだけ、仮眠取ります。


GACKT


FORDEAR


今もまだ、
多くの仲間に呼びかけています。
一人では出来ないことも、
一緒になら出来るとたくさんの仲間が信じてくれました。
続々と世界中の仲間が動いてくれています。


やっと、チャリティーサイトの準備も出来ました。
http://static.hangame.co.jp/hangame/extra/showyourheart/index.html

まずはスタートを切れます。
他にも動けることは全部やっています。
企業も動いてくれました。
まだまだ、これから多くの企業が参加してくれようとしています。

被災地のみんなを見捨てたりは絶対にしない。


とにかく、一人でも多くの仲間を助けるときです。
他人事じゃない。
僕らは今、一つになって進んでいかなければいけない。

今も尚、この瞬間
被災地で寒い中、震えて助けを待っている人たちを
一人でも多くの彼らに
僕らが安らぎと温もりを届ける時です。

僕らみんながそれぞれ出来ることがある。

ほんの少しの勇気で良い。
ほんの少しの優しさで良い。
隣の人にみんなで助けようよって言ってほしい。
僕ら日本人が日本人であるために、
忘れちゃいけない心がある。

忘れないでほしいんだ。
この瞬間に寒さに震えている仲間がいるんだ。
怖くて泣いてる子たちがたくさんいるんだ。
僕らが温かい部屋の中で
状況を見守っている中で
助けを待っている仲間がたくさんいるんだ。



僕たちは動き始めた。
次は君の番だよ。
一緒に手を取り合って
みんなで乗り切ろうよ。

世界中が見てる。
僕らがまず動こう。
じゃないと、誰も手を差し伸べてはくれない。
世界中に向かって叫ぶときなんだ。
恥ずかしがってるときじゃない。
他人事だと思っているときじゃない。
すかしているときじゃない。

こんな頭で良いなら何度でも下げる。
みんなで乗り切ろうよ。
一緒に乗り切ろう。

SHOW YOUR HEART !!!
http://static.hangame.co.jp/hangame/extra/showyourheart/index.html

この言葉が僕らの心の叫びであるように。
多くのアーティストがそれぞれのファンに
呼びかけてくれています。

DEARSのみんなへ

東北地区には信じられない数のDEARSもいます。
そしてその家族も、友達もたくさんいます。
いまだ連絡がつかない僕の友達もたくさんいます。
彼らが待っています。

僕らの助けを待っています。

ここから始めようよ。
SHOW YOUR HEART!!!

最後に、被災地のみんなへ


もう少しだけ頑張って。
僕たちは決してみんなを見捨てたりはしない。
世界中が今、手を差し伸べてくれている。
僕たちも頑張る。
だから、みんなももう少しだけ頑張って。
君たちには
僕らがついてる。

GACKT


SHOW YOUR HEART
http://static.hangame.co.jp/hangame/extra/showyourheart/index.html


FORDEAR


事態は緊張の状態が崩せないままです。
まだ、被害が拡大しています。

今朝からずっと仲間と協議をしていました。
日本人である僕らが、共に今、助け合わなきゃいけないと。


とにかく、僕も、僕たちも出来ることから始めていきます。
みんなにも、協力を呼びかけます。
これから急に動くことがたくさんあると思いますが、
とにかく、みんなの力を貸してほしい。

一人一人の力じゃ出来ないことも
みんなが動けば大きな力になる。
こんな時だからこそ、手を差し伸べる勇気が必要だと思います。


関西地区の方々へ。

阪神大震災で痛みを負った方達なら
もちろん彼らの痛みを、現状を理解して頂けると思います。
今どれだけ、被災地が悲惨な状況か。
彼らがどれだけ救いの手を求めているか。
決して他人事じゃないはずです。
僕らが共に手を取り合い動きましょう。



九州、中国地区、中部地区の方々へ。

今、被災地は本当に助けを必要としています。
他人事ではなく、僕らが共に家族を助けるときです。
みんなの助けが必要なんです。
そして、まだ、日本は危険な状態が続いています。
いつでも温かい格好で動けるようにしておいてください。
必ず、懐中電灯などは手元に用意しておいてください。

関東地区の方達へ

被災地に親戚がいたり、友達がいたり
安否が知りたいのはもちろんだと思います。
でも、現場に向かうのはやめてください。
親類や家族、友が居れば、みんな直接安否を確かめたい気持ちは分かります。
けれど阪神大震災の際も一般車が緊急車両の妨げになり
物資や救助が遅れたのも事実です。
じっと、我慢することも今は重要です。
まずは救助に向かうことの出来る緊急車両が優先。
彼らの妨げになるようなことはやめて下さい。
僕らが冷静に行動し、二次災害に備えてください。

そして、被災地の方々へ

この内容を読むことさえ出来ない状況だと思います。
でも、みんなで必ず助けます。
みんなで動きます。
みんな、動いています。
僕らみんなで共に助けます。

寒いと思います。
つらいと思います。
でも、勇気を出して。
必ず、事態は好転します。
勇気を出して冷静に行動してください。
僕らは友に手を取り合える日本人なんです。


そして、世界中の皆さんへ

今、日本は大変な状況になっています。
みんなの助けが必要です。
僕らに力と勇気を与えてください。
決して世界中のみんなが他人事だと思っていないと。
見捨ててはいないと。
みんなの差し伸べる手が、その愛が、
僕たちには必要です。
お願いします。

とにかく、今、出来ることから始めます。
みんな協力してください。


GACKT

FORDEAR

みんな無事だろうか。
心配だけれど、
今はとにかく焦らず冷静に行動することが大切。


僕は今、新宿から自宅まで4時間かけて帰ってる。
幹線道路は歩いて帰る人で溢れていて、
車が全く動かない状態が続いていた。



まだ、余震もあるかもしれないし、
二次災害に備えることも大切。

いつでも温かい格好して出られるようにしておくこと。
懐中電灯や明かりを手元に置いておくこと。
水も準備しておいた方が良い。

これ以上、被害が大きくならないことを祈るしかない。
こんな時だからこそ、冷静に。
お互い助け合えるようにしよう。

今は車中からみんなの無事を祈ります。


GACKT


FORDEAR


熱が下がらなくて、本当にしんどい。

先日、CMの撮影が朝5時から12時間、
-15度の雪山で行われた。
これは本当に体にこたえた。

スタッフもみんな同じだけ寒いのだから・・・と、
とにかく頑張ったんだが、
撮影の終わりの方では体の感覚がなくなって
意味の分からない腹痛と頭痛に襲われた。

完全に風邪を引いたようで
いまだ熱が下がらず、気持ちが悪い。

NEMURIの疲れも取れないまま
この仕事はちょっときつかった。
関節の節々が相当痛い。
特に首と腰はNEMURIのリバウンドか、
それともこの熱のせいか、
まあ、どっちでも良いんだが本当に痛い・・・



ア”ーーーーーーーー!!!!!



何とかしてくれ・・・
頭がボーッとする。

というわけで、
目を覚ますためにこうやって日記を書いているわけだが
そんな今日も明日も
別の雪山で、
別の撮影が始まる。。。

大丈夫か??

うーーーーん。。。
まったくわからん。。。

急に髪の毛を切ったから寒く感じるのかな・・・
まあ、どっちでも良いんだけど・・・

雪山大好きな僕も
さすがに今回はちょっとこたえた〜〜〜。
遺体の遺体の飛んでいけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
なんだ、この変換!!!!!

不座兼なよ。
ってなんだ、この変換!!!
MACまでおかしくなってきてる・・・

うーーーん。。。
飼い主に似るのか。

まあ・・・、
文句言ったって、
愚痴をこぼしたって、
やらなきゃいけないことが目の前にある。
だったら、
オトコだったら、
大人だったら、
文句言わず、黙ってやれよって話だ。

その代わり、やりきったあとのご褒美は自分にしっかり与えてやれ。
そういうもんだ。

そうやってバランスを取ればそれでいい。

言葉は言霊。
愚痴をこぼせば、自分の心が醜くなる。
文句を言えば、文句を言う人間が集まる。
なんのプラスもない。

笑顔でいれば、笑顔の連中が集まる。
気合い入れて生きてれば、
気愛の入った連中が集まってくる。
そういうもんだ。

とにかく、今日も頑張ろう。
ダ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!


今日もきっと良いことがある!!!
負けるな、オレ様。

こんな時ほど、攻めに転じろ。
こんな状況もまた、一つの特別な経験。

倒れたときは、そのとき考えればいい。
倒れることを考えて、戦うヤツはいない。
すべては結果が出たときに考えればいい。
イケるぜ、オレ様。

今日も絶好調!!!!!!



GACKT



FORDEAR


眠狂四郎無頼控・・・
とうとう117本目、118本目を終えた。

この長かった旅も
とうとう、残すところ今日あと一日になった。

疲れた・・・
この言葉が口から零れる。

一昨日もインタビューアーにこの質問を投げかけられた。
「終わることは寂しくないですか?」

寂しくないと言えば嘘になる。
でも、ずっと続いていた痛みからやっと解放される・・・
何よりもこの体の痛みから解放されることが
今一番の望みかも知れない。


狂四郎を演じるということは
舞台が始まる前に想像していたものよりも
体に対しての負担が遙かに多かった。

これだけ帯を強く締めた状態で、
あれだけの殺陣を毎回、更に一歩、上を目指し研ぎ澄ましていく。
必要以上に、腰、首、膝に負担が大きかった。

見た目に息が乱れたように見せないために
上がってしまった心拍数を
無理矢理、器官の筋肉を硬直させ、
心拍数を強引に下げる。
そうすることで常に冷静であり、
一糸乱れぬ眠狂四郎の立ち振る舞いは完成する。

この舞台が始まる前から
このためのトレーニングはもちろんしていた。
が、求めた眠狂四郎像が要求する物理的、肉体的な負荷は
想像していたよりも色んな体の箇所に歪みを生んだ。

毎日、舞台前の2時間以上のトレーニングで
体力は何とかキープ出来ても
そもそものオーバーワークはどうにもならない。
体のパーツが壊れていく。

「交換できればどれだけ楽か・・・」

こんな言葉が頭をよぎる時は笑うしかない。
東京凱旋公演に入ってから
よりいっそう体の痛みがひどくなった。
首と腰に関してはどうにもならない痛みが一向に治まらない。
疲れて眠っても、
痛みで何度も何度も目が覚めて
朝起きたあとは、かえってそれ以上の疲れを感じる。

そんな痛みから今夜やっと解放される。

でも、
この痛みさえ、
長い120本の思い出の一つ。

明日、眠狂四郎の全行程が終わってから
しんみりした日記を書きたくはないし、
そんな気分にもなりたくはない。
今の仲間達とも笑ってお別れしたい。
最高の仲間達とまたいつか共に同じ舞台に上がる日まで
自分を磨き続けていたい。

みんなでここまで作り上げた今回の舞台。
精神的に何度も助けられた。
また、この仲間でやれればいいな・・・

それにしても、
長いようで・・・・・・・・・・・・短い・・・・・・・・・
いや、やっぱり長かった〜〜!!!

でも、最高の経験が出来た舞台だった。
120本、ずっと舞台のことだけを考え続けていられるというのは
幸せなことだ。

僕のこれからの人生に大きな影響を与えてくれたし、
みんなにもそうあって貰いたい。

昨日、ふと舞台の足元を見てみると
そこにはこの120本の軌跡がたくさん残っていた。

001

よく一人も大きなけが人を出さず
ここまで来れたことにとても感謝している。
舞台に上がるみんなの意識が高かったからこそ
こうやって、みんな怪我もせずに
無事に千秋楽を迎えることが出来る。

ありがたい話だ。

最後の最後の瞬間まで自分の出来る限りのことはやる。
眠狂四郎を魅せきってみせよう。

最後の幕だ。
この舞台、歴史に残る物に仕上げてみせよう。

眠狂四郎を応援してくれたみんな、
本当にありがとう。
また、いつか帰ってくるよ。

狂四郎、
いざ参る!!!


GACKT

P.S. 昨日、健さんの誕生日を祝うことが出来た。
こんな風にNEMURIの舞台で誕生日を祝うことも最後になる。
みんな良い顔してる。
最高の仲間だ。
みんな、ありがとう。

0021

FORDEAR


もうすぐ、昼公演が始まる。
体は笑えるほどボロボロで
ここまで疲労が溜まるとは想像もしてなかった。
まあ、無理もない。

これだけ走ってきたのだから。

あと8本。
日数にして五日。

あと五日で幕が閉じるんだ。

今朝もガレージで目が覚めた。
昨日帰って車から降りて、そこから記憶がない・・・
アハハハハ。
ガレージで寝てしまったらしい。
相当疲れていたんだろう。

体もバキバキで普段よりも柔軟に時間が掛かる。
それでも、舞台は待ってくれない。

さて・・・
行ってくるか。

昼の部の幕開けだ。
狂四郎・・・参る!!!


GACKT

FORDEAR


とうとう、この日がやってきた。
無事に東京凱旋公演初日を迎えたことが
本当に嬉しい・・・

出演者のみんなも、
本当にここまで来たってことに感動してる。
年間120公演もやるってことがどれだけ遠いことだったか。


でも、気がつけばあと17公演。

あと、17本で終わってしまうんだ・・・
始まった当初は凄く表現の硬い舞台だった。

今の眠狂四郎、
泣け、笑え、背筋が凍るような瞬間、
妖艶であり、美しく、そして儚い。

この舞台を、この時代劇をやれたことを本当に誇りに思ってる。
そして大きなけが人もなく無事にここまでたどり着いたことに
とても感謝している。

長かった〜〜〜。
でも、あっという間だった〜〜、ビックリするぐらい。
あと、17公演。

泣いても笑っても17公演。

朝のトレーニングの疲れが今頃になって眠気を誘う。
舞台の疲れは、きっとすべての公演が終わったあとに襲ってくるんだろうな・・・
最後はみんな笑って抱き合えるように。
東京凱旋公演、全身全霊で挑み、燃え尽きよう。

そして、東京凱旋公演を一目見ようと遠くから足を運んでくれているみんな。
本当にありがとう。

最高の舞台を届けるよ。
大きな感動と共に。


GACKT


P.S. それにしても、今日の舞台で鼻をぶつけた・・・・痛カツタデス・・・